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第二十話:栄養は満点、味は赤点
そして本邸が大きく見え始めたころ、机や土のうなど即席で作られたであろうバリケードに隠れながら応戦しているイーサンを見つけた。
ミナトたちはバリケードに隠れるように姿勢を低くしながら、イーサンの下へ走る。
「想像より早かったな、流石だ」
イーサンはライフル銃をリロードをしながら、ミナトたちに言った。
「うん、家よりもここの方が安全だろうと思って、カエデもつれてきた」
「正解だ、アラン。ミナト、カエデを屋敷に連れていけ。ここはいつ流れ弾が飛んでくるか分からんからな」
イーサンがそう言った瞬間、近くの机に着弾したのか、木片が飛んでくる。
「こんな風にな?」と言わんばかりな苦笑いを浮かべながら、屋敷を指さす。
「分かった、すぐに戻ってくる。行こう、カエデ」
さらに姿勢を低くしながら、バリケードの後ろを歩く。
カーヴァーファミリーの構成員なのか、黒スーツの男たちがバリケードのすき間から銃を構え応戦している。
そんな男たちの後ろを通り過ぎながら、ミナトたちは屋敷に入る。
「すいません、この子は非戦闘員なんです。頼めますか」
「あなたは、ベイカー様のお知り合いの! 分かりました、お任せください」
偶然通りがかったメイドを捕まえて、カエデをたくす。
「それじゃあ、行ってくる……?」
「待って……」
袖が引っ張られた感じがしたので、振り返るとカエデが袖の端っこをつまんでいた。
「ねぇ、ミナト……。絶対に帰ってくるよね?」
心配そうな表情を浮かべた、カエデがミナトを見ている。
その目からは、今にも涙がこぼれてしまいそうだった。
「当たり前だろ? 約束したからな、俺がカエデを守るって。だから絶対にまたカエデの前に戻ってくるよ」
「うん、信じる。だから絶対に戻ってきてね」
カエデはそう言って、ミナトの腰に手を回し胸に顔をうずめる。
分厚いジャケットごしでも伝わってくるカエデの体温、そして心臓の鼓動。
「ああ、絶対だ」
右手にはアサルトライフルを持っているので、左手を回しカエデをそっと抱きしめる。
現実の時間では数秒しかたっていないだろう。
しかし二人の間にはもっと長い時間が過ぎていた、そんな感じがした。
「それじゃあ、行ってくる」
「うん、行ってらっしゃい!」
満面の笑みのカエデを背中に受けて、ミナトは再び戦場に戻った。
戦闘が始まってから数時間が経った。
すっかり夜は更け、夜明けまで数時間。
予想以上にこちら側の抵抗が厳しいと判断したのか、反カーヴァー派の攻撃は一度止み戦場は一時膠着状態になっていた。
「敵、このまま退いてくれたりしないかな」
ミナトはマガジンに弾薬を補給しながら、ボソッとつぶやいた。
このアサルトライフルもアタッシュケースから出したばかりの時は、新品同様の綺麗さだったのだが、今やススであちこちが黒くなっている。
「向こうからしたら、敵のボスが目の前にいるんだ。そう簡単に諦めてはくれないだろうさ」
弾詰まりを起こしたライフル銃を簡単に整備しながらイーサンが言った。
ずっと撃ちっぱなしだから、人間はもちろんだが装備も徐々に限界を迎えようとしている。
どれだけ節約しても明日の朝まで銃弾は持たないだろう。
「そういえば。イーサンやアランだったら銃の撃ち合いをするより、刀で切り込んだ方が早くないか?」
これまでイーサンや、アランが戦っている所を何回も見てきたが、この人たちは当たり前のように刀で銃弾を跳ね返すし、数十人に囲まれても一瞬で倒して帰ってくる。
そんな超人がいるんだから、適当に突っ込ませてかく乱してもらった方が早く決着がつくように思う。
「あぁ、普通はそうなんだがな。今回は敵の総数が分からないからな。戦争は一人二人、最強の兵士がいたからって勝てるって訳じゃないのさ」
「そっか、最強のイーサンと、アランがいても簡単に勝てる訳じゃないのか」
「まぁ、そういう事だ」
フッと笑って、イーサンが手際よく整備を終わらせた銃を男に渡す。
簡単に会釈をして男が持ち場に戻っていく。
「お、アランが戻ってきたな。もう大丈夫なのか?」
「うん、もう大丈夫」
小走りで屋敷から戻ってきたアランが大きくうなずく。
心なしか顔色も良くなった気がする。
ではなぜアランが一時戦線を離脱していたのか。
一時間ほど前の事だ。
アランまるでスイッチが切れてしまったように、突然倒れてしまったのだ。
イーサンが言うには、ここに来るまでに魔力を使ってしまったから限界が来てしまったらしい。
分かりやすく言うならガス欠、だそうだ。
「良かった、皆無事みたいだね」
カエデが大きい袋を持って、ミナトたちの方へ歩いてくる。
「あれ、カエデ何してるの?」
「皆が戦っているのに、私だけ安全な所で隠れてるなんてできないでしょ? だから言葉が通じない私でもできる事をしようって。これが私の戦いなの」
「そっか……」
ミナトとしては、できれば戦闘が終わるまで安全な所にいて欲しい。
だけど、もしもミナトがカエデの立場だったとしたら、たぶん同じ事をしていたと思う。
それに、こんな自分の命すら危うい状況でも他人のために何かをしたい。
と当たり前に思える優しい所をミナトは好きになったのだ。
「ありがとう。やっぱり俺はカエデを好きになってよかった」
思わず溢れ出てしまったミナトの気持ちを聞いて、カエデは一瞬で顔を真っ赤にする。
「なッ! こんな時に何を言ってんの!? そ、そうだこれ! イーサンと、アランもはい!」
カエデは顔を真っ赤にして袋から何かを取り出し、押し付けるように配っていく。
「これは……水と食料か。ありがたい」
イーサンがさっそく食事をとり始める。
「案外、ジェスチャーだけでもどうにかなるものだね。それじゃ他の人たちにも配ってくるね」
カエデはミナトたちに小さく手を振って、走っていく。
水と食料を手渡せられた、あちらこちらの男たちの目がハートになっているように見えるが気のせいだろうか。
何とも複雑な気持ちを覚えながら、ミナトは栄養満点な味のするビスケットをかじる。
「ミナト、嫉妬するのも結構だが早く食え。敵もじれったいのか本気を出してきたぞ」
イーサンが水をあおるように飲み干し、ライフル銃を構える。
「し、嫉妬なんてしてねえよ! って……あれは!」
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