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第八話:一度きりのチャンスに全てを賭ける
パチリ、とまるで初めからその瞬間に目が覚めるのが決まっていたかのように自然と意識が覚醒する。
ここ、ベイカー商会の客室だった所を今ミナトは寝室として使わせてもらっている。
ゆっくりとベッドから降り、軽くストレッチをする。
朝イーサンに吹っ飛ばされて、フェンスに体を打ち付けたとは思えないくらい調子が良い。
なぜだか分からないが、ナイフをずっと握っていた事でできたマメも治っている。
「まぁ、いいか」
調子が悪いよりは良い事に越したことはないだろう。
「うん!」と、無理やり自分を納得させ部屋を出る。
リビングに入ると、イーサンは刀の手入れを、アランはテーブルで眉をひそめながら本を読んでいた。
何かの学術書だろうか、退屈そうな顔をしている。
「おはよう、ミナト。調子はどうだ?」
刀身を布でふきながらイーサンは言った。
「悪くない……。いや、むしろ何でか分かんないけど調子良いかも」
グーっと大きく体を伸ばしながらミナトは答える。
これから戦場に向かうというのに、自分でも驚くくらい心は落ち着いている。
「それは良かった。それじゃあ、そろそろ作戦概要を説明しようか」
そんなミナトの様子を見て、イーサンは少し安心したような笑顔を浮かべた。
そして綺麗に手入れされた刀を満足げに鞘におさめ、物置から丸められた地図を取り出す。
席についたイーサンは、地図をテーブルに広げる。
ミナトたちが住んでいるベイカー商会があるここ、カーヴァー自治区の地図だ。
「本作戦の目的は、ミナトと共にカーヴァー自治区に来た少女『ヤマガワ・カエデ』を奪還する事にある。
俺のクライアントづての情報なんだが、ターゲットは約一時間後、第一倉庫街から移送される。この機会を逃す手はない。
という訳で、俺とミナトで第一に先回りし待ち伏せする。
そして移送中の車両に奇襲攻撃をしかけ、ターゲットを奪還。
その後、アランが回してきた車で現場を急速離脱する。という作戦だ」
イーサンがスラスラと作戦の概要を説明していく。
ミナトが訓練を始める時に聞いた時とは少し変わっているが、大体は分かった。
「何か質問は?」
イーサンが、アラン、ミナトと順番に顔を向ける。
「待ち伏せって言っても他のルートを通る可能性もあるんじゃないか?」
待ち伏せというのは、敵が通るであろうルートが分かってるからこそ効果が発揮される作戦だ。
もしも当てが外れたら、意味がなくなってしまう。
「それについては問題無い。
港に行く道は一本しかないんだ。
なのでそこで待ち伏せをし、移送車両のタイヤを狙撃し相手を混乱させる。
何度も言うが戦力差が大きすぎるからな。
混乱に乗じるしか俺たちに勝ち目はない。
だから前も言ったが、この作戦は一回こっきりなのさ」
「一回きり……」
「あぁ、これを失敗したらもう厳しいな」
イーサンが眉をひそめ、ひじをテーブルにつけ両手を組む。
カエデがどこに移送されるのかは分からないが、もしも他の国に行ってしまったら誇張なしに一生会えなくなってしまうだろう。
もしも失敗すれば……。
一度悪い考えが思い浮かぶと、矢継ぎ早に悪い考えばかりが思い浮かんでくる。
さっきまで穏やかに脈打っていた心臓が、急に激しく波打ち始める。
「大丈夫だよ、何かあっても僕とイーサンがカバーするから」
ミナトが緊張しているのが分かったのかアランがまっすぐとミナトの目を見て言った。
アランはあまり口数が多い訳ではないので、ほとんど話した事がなかったが、今のアランの言葉はとても頼もしく感じる。
「そうだ。俺たちの実力はお前が一番分かっているだろう? その俺たちがお前をサポートするんだ。
お前はただ、ヤマガワ・カエデの事だけを考えておけばいい」
イーサンはなでるようにポンとアランの頭に手を置く。
この二人は何度も死線をかいくぐってきたのだろう。
口先だけじゃない、この二人の言葉にはそう感じさせてくれる自信と信頼がある。
「ああ、このために頑張ってきたんだ。絶対に成功させる」
胸に手を当て目をつむると、カエデとの思い出やカエデの笑顔が矢継ぎ早に浮かんでくる。
覚悟は決まった。
パンと頬を叩き、決意を込めてつぶやく。
「よし、その意気だ。それじゃあ行こうか」
イーサンの号令とともに荷物を持ち家を出る。
イーサンは刀、アランは銀色の不思議な三つの穴が空いている剣――『魔法剣』を、ミナトはアタッシュケースを持って車に乗り込んだ。
アランの運転で第一倉庫街の近くまで移動する。
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