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future
目の前に、純白のウエディングドレスを身に着けた明良が立っている。凛とした後ろ姿を見るだけで、涙が出そうになる。明美は息を整えると、明良の背中に声を掛けた。
「明良」
振り返った明良は、いつもの化粧気のない顔とは違い、綺麗に化粧されていた。化粧映えする意志の強い眉と瞳が、良の顔と重なる。
あんたは、良にそっくりだったんだね。
深呼吸をして、ゆっくりと話し出す。
「明良に、話してなかった事があるんだ」
「なによ」
「あんたの名前はね、あんたのお父さんが付けてくれたんだよ」
明良の目が見開かれる。
「明るくて良い子。明美の明るいに良の良い。あたしと良の子どもだって、つけたんだ」
「…良。それがお父さんの名前?」
「そう。でも、あんたが産まれる前に死んだんだ。事故で」
明良の口元がきつく結ばれる。
「だから、良はあんたの顔を見た事がない。あんたも、良に会えない。だから、昔聞かれた時には誰の子かわかんないって言い方で、あたしは逃げたんだ。ごめんね」
「…いいよ」
明良が苦笑する。
「今、教えてもらったから。私には、ちゃんとお父さんがいた事が、わかったからいい」
「ありがとう。あと、これ」
明美はバッグの中から古びた封筒を取り出した。
「あんたのお父さんからの手紙」
明良は受け取ると、もどかしそうに中を開けた。便箋を開いて、眉をひそめる。
「なんだか、子どもっぽい」
「仕方ないだろう。まだ16だったんだから」
明良は便箋を一度撫でると、封筒に戻した。
「その手紙はあんたが持ってなさい」
「わかった。ありがとう」
明良が頭を下げる。明美は頷くと明良に背を向けた。
「じゃあね」
「どこに行くのよ」
「あたしみたいのが式に出たら、ぶち壊しでしょ。遠くから眺めるわよ」
軽く手を上げてドアを開ける。そこには明良の夫にになる、巧が立っていた。
「駄目ですよ、明美さん」
仕立ての良いテイルコートを身に着けた巧が、笑顔で明美の腕を掴む。
「明良の言う通りだったね」
「この人の考える事なんて、すぐわかるわよ」
「明良?」
振り返った明美の目に、睨むように見つめる明良の瞳が映った。
「こんな時まで逃げるんじゃないわよ。きちんと式に出て、あたしが幸せになる姿を見届けるんだ。あたしはあんたの娘なんだからね」
その言葉が、良の言葉に聞こえてくる。思わず零れそうになる涙を必死でこらえる。
「それにね」
頭の上から、巧の苦笑が聞こえた。
「秀英がすでに大泣きしてるんだ」
「はあ?」
「ほら、これから花嫁の父として明良とバージンロードを歩くでしょ? 感極まったとかなんとか言っちゃって、もうボロボロ。こうなっちゃった秀英の手綱引けるのは、明美さんしかいないでしょ?」
一気に現実に引き戻される。
「あの馬鹿…」
「だから、ちゃんと式に出席してくださいね。お義母さん」
初めて義母と呼ばれた。顔を上げると、巧が笑顔で明美を見つめていた。
「…わかった。ちょっと行ってくる」
「よろしくお願いします」
明美は肩をすくめると、巧を中に入れて、支度室のドアを閉めた。
良。あんたの娘が幸せになるわよ。ちゃんと、見ていてね。
「さて、秀英を殴ってこようかね」
明美は空に一つ息を吐くと、教会に向かって歩いて行った。
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