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「あ~、飲み過ぎだよ…」
店を出た途端、秀英が明美に寄り掛かってきた。
「はあ? あんた、2杯しか飲んでないでしょうが」
「あんなに濃いのは初めて飲んだんだもん。俺が弱いの知ってるくせに」
「だからって、弱過ぎよ」
秀英の腕を肩に回させて、身体を支えてやる。夜とはいってもまだ早い時間だ。周囲には様々な人が思い思いに歩いている。
「どうする? 帰るかい?」
「嫌だ」
「ん?」
「明美さんと2人でいたいよ」
秀英の手が頬を掬い、唇を重ねてくる。いつもは明美から誘っても逃げるくせに、これは相当酔っている。
「わかったよ。電話しよう」
近くにあった公衆電話で家に電話を掛ける。
『もしもし』
「明良? あたし」
『どうしたのよ』
いつもより早い時間だったからか、明良の声が訝しげに聞こえる。
「今日、店を早く上がったから。このまま秀英とホテルに行ってくるわ」
『あっそ』
「あんたも、巧ちゃんでも呼んで、楽しみなさいな」
『な… 馬鹿な事言ってんじゃないわよ!』
焦ったような明良の声に思わず笑みが浮かぶ。
「なんだい。もう、お楽しみだったのかい?」
『あんたと一緒にするんじゃないわよ!』
いつもと同じ返しの裏に、焦りが滲んでいる。
「はいはい。じゃ、よろしくね」
これ以上からかうのも悪い。明美は苦笑を浮かべながら受話器を置いた。途端に首に秀英の腕が回る。
「明美さ~ん。わざわざそんな事言わなくてもいいのに…」
「いいじゃないのさ。言わない方が、明良が不思議がるって」
「そうかもしれないけど… やだなあ」
秀英が額を肩に押し付けてくる。子どもの駄々を捏ねる仕草に似ていて、思わず笑みが浮かぶ。
「そんな事言ってるから、明良の事が好きなんじゃない? って言いたくなるんだよ」
「違うもん。俺は明美さんがいいの。明美さんじゃなきゃ嫌だ」
「はいはい」
首を逸らして秀英の蟀谷に唇を当てる。
「そうだ…」
「ん?」
顔を上げた秀英が、明美の目を見つめる。
「いつか、明良にちゃんと教えてあげてね」
「なにをさ」
「明良のお父さんの事。明良の名前は、明良のお父さんがつけてくれた事」
ふいに、幼い明良の無表情が脳裏をよぎった。
「明良、きっと喜ぶから」
「そうね… いつか、話すわ」
自然とそう答えていた。秀英は嬉しそうに頷くと、明美を背中から抱き締めた。
「明美さん… 好きだよ」
「うん」
明美は深く頷くと、秀英と腕を絡めて夜の街を歩きだした。
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