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dans le passé
あれは、明良が小学校に上がる前だっただろうか。
「おかあさん… あたしのおとうさんって、どんなひと?」
あどけない表情で尋ねてくる明良に、一瞬言葉に詰まった。
『何やってんだよ、お前…』
頭をかきながら顔を覗き込んでくるあの仕草が、
『明美!』
あの時の必死の形相が、
『子どもには明良と名付けるんだ』
愛おしそうにお腹を撫でる手が、
『行ってくるよ』
最期に見せたあの笑顔が、今も鮮明に思い出せる。
「おかあさん?」
口を開くと、泣いてしまう。
言えない。
「…知らないわ。どの男の子どもかわからないからね」
明良の顔から表情が消える。
ごめん。
「どうせ、会えっこないんだから、知らなくていいのよ」
わざと素っ気なくあしらう。
「…わかった」
明良が背中を向けて部屋を出ていく。
…二度と会えないのは本当なんだよ。
「ごめん、明良…」
閉じた戸に、頭を下げた。
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