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軽く痺れた足で立ち上がる。ふらついたら、大きな手の支えが入る。みっともないくらい涙が出た。
肩を抱きかかえられてふらふら歩く。気付けばあたしの部屋までやって来ていて、窓辺のベッドに座っていた。青があたしの横に座る。
「かもめ」
月の光を浴びた青は、まるで天使のようで、おとぎ話の王子様のようで、あたしの手に届かないような、そういうことばかり思ってしまうのだった。
「いつも海に行く時、振り返ったらこの部屋に小さなあかりがついてて、ああ、世界で一番大切な光だって思ったんだ」
壊れかけのガラス細工を触るみたいにあたしの頬をなぞる。指先は熱い。
「灯台で、道標だった。かもめだけが俺の手を引いて、留めてくれていた。わかる? 愛してるって言ってるんだ」
「……あたしに?」
「かもめ以外の誰に言えって?」
眩しそうに笑った青のくちびるがあたしのくちびるに触れた。
痛いくらいに抱きしめられる。すがりつくように抱き返す。青が切実な声で言った警告を思い出す。
「青……、」
「手を繋いで、また海に行こう。キスして、抱きしめて、そんな日が来ることを、俺はずっと道標にしている」
「うん」
「だから、今は、お別れだけど」
「うん」
「走って行く。今度は俺が」
「きっとそうして。あたしのとこまで、飛んできてよ」
「分かった」
「……ねえ、もう一度だけ、キスして」
いいよ、と青が言う。肩を抱く手も、くちびるも炎のように熱い。触れるだけの、柔らかなキスを、ひとつ、ふたつ。
溢れるのは涙だけだった。夜が半分をすぎる前に、青は帰るだろう。あたしはランプを掲げるようにこの部屋に明かりをつけて、それを見送るだろう。しばしの別れをいつかの再会と呼んで、あたし達は、お互いに、手を離すだろう。
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