月まで片道30分、ルナ・マリアまで

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海辺に住むと、ろくなことはない。 錆びた窓のサッシを撫でる。平屋の多い住宅地の中で、屋根をちょっとだけ高くして屋根裏部屋にしたわたしの部屋は見晴らしがいい。 ふらふら夜道を歩く、白いシャツ。仕方が無いのだ。夜の海に惹かれる人は、別に、少ないわけじゃない。部屋から出て、階段を降りて、玄関から出る。うすく線香のにおいがした。           * 「夜間は遊泳禁止なんですけどぉ」  ぱっ、と白い顔が振り返った。白いシャツと、黒いスラックス。うちの学校の、男子の夏服だ。 「いーけないんだ。先生に言いつけてやろ」 「久しぶり」 ふーっ、と月のように笑うので、会話が繋がってないこととか、夜の海にいることとかが、溶けてしまう。あたしは防波堤から飛び降りる。すとんと乾いた砂の音がした。 「久しぶりかな。先週、会ったでしょ」 「あの時は、話さなかったから」 「忙しかったんだもの」 「知ってる」 仕方なかったね、とぼやけた口調と、定まらない視線。子供のような、呆けた老人のような。……仕方のないことだった。 「で、なにしてるの。こんな時間に」 「ああ、うん、人魚がかわいそうだと、思って」 病的な腕の内側が晒される。 「エラ呼吸を、本当はしたいよな、そんなことを考えてて、海に浸したら、どうかと思って」 「馬鹿、人魚なんていないでしょ」 「俺にとってはいるんだよ。かもめはいないと思ってても」 「なんでよ。いるわけないじゃない」 「そうかなぁ」 「どうして分かってくれないの、(あお)は」 思わず強い口調になってしまって、唇を噛み締める。青が、やはり月のように笑った。 「別に、かもめがそんな顔しなくてもいいだろ」 「……だって」 「かもめが俺のことを心配してくれてるだけだって、知ってるつもりなんだけど」 「……」 ざあっと一際強く潮騒が響いた。思い出したように息を吸ったら、つんと潮のにおいがした。
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