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「かもめと、海に来るのも久しぶりだと思ったんだけど」
「……そうね。うん」
「前はいつだった?」
「忘れた。だって、青、しばらく忙しそうだったんだもの」
「それは、かもめも」
青が波打ち際に沿って歩き出したので、わたしもついて行く。サンダルの下で、ぱきりと薄い貝殻が割れる音がした。腕時計をちらっと見る。二十二時三十二分。
「でも、青も海に来てなかったでしょ」
「うん」
「じゃあ、おあいこ」
「うん」
ざぱーっと波の中に入ってみる。夜の海の方が、いつだって好きだ。つま先を夜色の海に浸して、このまま海と星空のあわいにとける、そういうことを考える夜が。
「冷たい?」
「ううん、ふつう」
「そう。じゃあ、俺も」
黒い革靴と靴下を脱いで、制服のズボンの裾を折る。波が踵にあたるのをぼんやり感じながら眺める。不健康に白くて、細い、足首。青い血管が浮いてる。
「どうしたの、かもめ。そんなに眺めて」
「なんで制服なの」
「……お墓参り」
「ああ、うん、そうか」
青のことだから、バスもタクシーも忘れて、歩いて行ったんだろう。馬鹿な人。波を蹴りあげた。ざぱあ! 一瞬。スターダスト。
「青」
「なに」
「なにか、食べた」
「パン」
「それ、朝ごはんでしょ」
「ううん。山から降りてきてから、買って、食べた」
「そう……」
「ちゃんと飲み物も飲んだ」
人魚がずいぶん人らしいことをしてる、と海の中を歩きながら思う。彼は、すぐに人らしい営みを忘れるし、人らしい思考を遠くに追いやる。仕方のないことでは、あるのだけど。
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