月まで片道30分、ルナ・マリアまで

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霊園のある山まで、わたし達の町からどれくらいかかるだろう。往復で三、四時間はくだらないだろう……。馬鹿な人。 ぬけぼん、とうちの祖母はよく言っていた。古い言葉と癖の強いイントネーションで、あっこの家の子は、ぬけぼんねぇ、よぅ見てあげんと、海におっこちるわ。 「かもめ」 「……うん?」 「心がどこかに飛んでるね」 「まあ、うん……そうかも」 ぬけたボンクラ。青の笑顔は、目くらましのためのものなので、馬鹿みたいに見えるのは仕方のないこと。 あまりにも地に足がついてない言動と、彼が人魚のエラと呼ぶおびただしいリストカットの痕と……。青の白い指先から赤いしずくが垂れた。新しい傷だろうか、先々週につけた傷が口を開いたのだろうか。 あー……、とため息が出た。 たしかに、彼は人魚だ。海で惑わせるから。 夜の海を歩く、彼を追いかけた、幼い時からずっと。 青の父親から受け継いだ、青い青い瞳が悪いのだろうと適当に理由を付ける。だから、わたしはいつだって……、 ざあっ! 思考が陸に浮かび上がる。青がしんとした瞳でわたしを見つめていた。青の瞳は、夜、一際きれい。 「かもめは、墓に行ってないね」 「……うん……」 「ああ、いや、別に、責めてない。かもめのおばあちゃんだって」 「分かってる。……うん、分かってる」 夏の夜は、線香のにおいがあちこちで立ち込めて、やり切れない気持ちになる。 「どうして行ってないこと、分かったの」 「ホオズキが赤かったから」 つっ、と涙が頬を伝ったのが分かった。 「おばあちゃんはいつも、白いホオズキを飾ってなかった?」 「うん……」 「かもめは、覚えてるだろうから」 髪を払うふりをして、涙をぬぐう。祖母は白いホオズキが好きで、それはなんでかっていうと祖父が好きだったからっていう、単純な理由だった。
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