月まで片道30分、ルナ・マリアまで

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頬にまとわりつく髪の毛を、青の指がかき上げる。耳の裏、耳たぶ、うなじ。からだが反射的に強ばった。 青の目を見上げる。 「泣くなら、声でも出せばいいのに。誰も聞いてない」 「……青が、いるじゃん……」 「聞いてないよ」 青が笑ってる。いつも通りの笑い方。 「聞こえるもんか。こんな、海の中で」 ぱっと手が離れて、背中に回る。おでこが青の首元にあたった。 「聞こえない」 「……」 つむじの辺りから青の声が降ってくる。月の光のようだ……。 「俺は、聞かないよ。かもめが聞かないって決めたみたいに」 「……鼻水つくよ」 「いいよ、べつに。夏休みだし、洗濯すればいいし……」 青がちいさく笑い声を上げる。大きな手があやすように背中を撫でる。 「変なこと、心配するね」 「そうかな……」 「うん。別にいいけど」 喉の奥がぐうっと絞まる。涙が溢れた。青のシャツを握りしめる。頭頂部から青の声が直接聞こえた。熱いくちびる。髪の毛を撫でる指。 「かもめは、いつもそう。我慢ばかりして。苦しいなら、海に行けばいいだろう。俺のことなんて待たなくてもいいのに」 苦しくないよ、と唸り声のあいだあいだに答える。祖母が死んだなんて、もう数年前の話しだ。 夏。呆けた祖母が、海に落ちたという。よくある話しの。死体が打ち上がっただけ僥倖だと大人たちは言った。誰も棺を開けないくせに。 「もう、三年だったっけ」 「うん……」 死体が打ち上がったのは、見当たらなくなった次の日のことだったから、本当に運がよかったのだ。分かっている……。 傷も少なかった、手足が足りないわけでもない、と静かに医師は言った。海に落ちてしまったにしては綺麗な方です、でも、お孫さんは会わない方がいいと思います。 あたし。 あたし、あれだけ、あたしのこと、撫でてくれた手のひらに、触ることも出来ないまま。 夏は、あちこちで線香のにおいが立ち込めて、やり切れない。どうしたって。
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