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この町内の憩いの場といえば、住宅街の真ん中にある『神社』だ。正式には神道系の新興宗教の御社なのだが、町内の住人は皆ここを『神社』と呼んでいる。昼下がりから夕方にかけては子ども達が遊び、子どもを迎えに来る親達が井戸端会議で盛り上がる。
その憩いの場を守っているのは、公立中学3年に在籍する神道誠治。
平均身長より少し高い身長で細身、整った顔立ちの誠治は、笑顔を絶やさぬ温和な性格で町内一の人気者だ。5年前に両親を亡くして以来、神主として御社を守っている為、なかなか学校にも通えずにいるが、高校進学の為の受験勉強も手を抜いている様子はない。誠治自身がこの場所を大切にしていて、皆の憩いの場を守ろうとしているのだ。
「今日もいい天気になりそうですね」
誠治の1日は参道を掃き清める事から始まる。袴を身に着けた誠治は竹箒を手にすると参道に向かった。
神社は石造りの鳥居の右手に小さな社務所があり、砂利の敷かれた短い参道の先に小さな神殿がある。鳥居の形は他の神社とは違い、斜めに建てられた柱に横に1本渡されただけのコップを逆さにしたような形をしている。神殿には注連縄も鈴も賽銭箱もない。神殿の裏手に見える2階建ての家は誠治の自宅だ。
「おはよう、誠治くん」
スポーツウェアに身を包んだ小柄な少女が鳥居から入ってくる。
隣に住む誠治の幼馴染みで、中学のクラスメイトでもある橋口さやかだ。さやかは朝一番に町内をマラソンするのが日課で、マラソン前のストレッチをここで行うのだ。
「おはようございます、さやかちゃん。今日も走るんですか?」
「日課だからねー」
さやかが誠治の横に立つ。小柄なさやかは誠治の肩くらいまでしかないので、話をする時にはかなり見上げなければならない。肩までの髪を軽く揺らして見上げる仕草に、誠治が苦笑する。
「日課なのもいいけど、こんな暗いうちから走るなんて、おじさんとかおばさんとか心配しませんか?」
「やめなさいって言われてるけど、日課になっちゃってるから、走らないと逆に体調悪くなるんだよね」
さやかがふくれる。誠治は微笑むとさやかの頭を撫でた。
「こんなに可愛いから心配なんですよ。危ない目に合うかもしれないから」
「あたし、そんなに子どもじゃないよ! もう」
毎日繰り返されるやり取りを切り上げるように、誠治に背を向けたさやかが社務所の前でストレッチを始める。誠治は肩をすくめると、参道を清め始めた。
「そうだ!誠治くん、今日は学校行ける?」
「テスト前ですからね。行きますよ」
「じゃ、一緒に行こう!」
さやかが立ちあがり、軽く伸びをした。
「はい。迎えに行きますか?」
「あたしが迎えに来る」
「わかりました」
誠治が手を止めてさやかを見る。さやかは服を軽く叩くと手を上げた。
「じゃ、あとでね。行ってきます!」
「行ってらっしゃい」
さやかが走り出す。誠治はその姿が見えなくなるまで見送った。
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