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目を開けると、見慣れない天井が見えた。慌てて身を起こしたさやかの目に、壁に掛けられた袴が映る。誠治の部屋だった。
「起きた?」
私服姿の誠治がさやかを見つめていた。水を被ったのか、髪から水が滴っている。
「誠治くん…」
「さやかちゃんの家には、境内で寝ちゃったからって電話した」
誠治は立ちあがると窓を開けた。外はもう日が高く、暖かい風が入ってくる。かなり長い間眠っていたようだ。
「ごめんなさい」
「さやかちゃんが謝る事ないだろ」
誠治がさやかの頭を優しく撫でる。
「見つけられてよかったよ。今日ばかりは力に感謝だな」
「え?」
「掃き清めてた砂利掘り返して『さやか』って書いてた」
誠治が膝を付いてさやかの頬に手を当てる。
「まだ、痛い?」
「ううん、全然痛くないよ」
確かに血の味がしたのに、舌で探ってみるが傷らしきものはない。首を傾げたさやかに、誠治は厳しい表情を向けた。
「なんで、マラソン止めねえんだよ。危ないって、前にも言ったよな」
即答できずに俯くと、右手の指輪が目に入った。あんな事があっても壊れずつけていられたのだ。さやかは息を吐くと顔を上げた。
「だって、誠治くんに会えるんだもん」
「はあ?」
誠治が目を瞠る。さやかはベッドから足を下ろして誠治をまっすぐ見た。
「朝だったら、誠治くんに絶対会えるんだもん」
「あのなあ… いつだって会えるだろ? 家、隣なんだし」
「それだけじゃ足りないもん! あたし… あたし、誠治くんが好きなんだもん。ずっと一緒にいたいんだもん!」
やっと言えた。さやかは誠治の肩に額を乗せた。自分の心臓の音がやけに大きく聞こえる。耳元で誠治が息を吐くのが聞こえた。
「俺も、さやかちゃんが好きだよ」
夢かと思った。顔を上げると、すぐ近くに誠治の顔がある。誠治は照れくさそうに笑うと、さやかの身体を引き寄せた。
「指輪あげた意味、気付いてない?」
「だって… 誠治くん、お礼だって」
「お礼だけで指輪あげると思う?」
「意地悪!」
さやかは誠治の胸を叩いた。誠治はその手を掴むと、指輪を指でなぞった。抱きしめていた腕を放してさやかの指から指輪を抜き取る。
「そうだね」
誠治は姿勢を正して息を吐くと、さやかの左手を取った。薬指に指輪を通す。
「橋口さやかさん、俺と、神道誠治とお付き合いしてください」
これは、夢じゃない。
「はい!」
さやかは満面の笑みで誠治を抱きしめた。誠治の手が背中に回る。誠治の髪から滴った水がさやかの頬に落ちた。
「どうしたの? 頭」
「袴姿で走り回って、人、蹴っ飛ばしたからな。禊した」
前に聞いたような言葉だが、すぐに意味が分からない。首を傾げたのに気付いたのか、誠治が肩をすくめる。
「とりあえず、今日は御社に近寄れないから、一日正座だな」
以前、袴を身に着けている時は人を傷つけるような事をしてはいけないと言っていた事を思い出した。そういう事をした時は、頭から水を被って穢れを落とし、一日自宅の裏で正座をしなければならないらしい。さやかは慌てて身を離すと頭を下げた。
「あたしのせいだね、ごめん。あたしも一緒に正座する」
誠治は目を丸くして、吹き出した。
「あのな。さやかちゃんが悪いんじゃねえだろ? それに、そういうのは1人でするものなんだよ。夕方にまた来いよ。一緒に飯食おうぜ」
「うん!」
力強く頷くさやかに、誠治は笑顔で頷くとそっとさやかを抱き寄せた。
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