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高等部の入学式以降、誠治とさやかの周りは良い事が続いた。
事故からずっと眠っていた飛鳥が目覚め、驚異的なスピードで回復した。誠治の出席率は相変わらずだったが、一緒に勉強した成果が出て、初めての中間テストで誠治は学年1位になり、さやかは大嫌いだった数学で100点を取った。飛鳥の退院と同時に、飛鳥と龍太が結婚式を挙げる事になった。そして、飛鳥が帰ってきたら、神主としての仕事は全て飛鳥にお願いして、誠治は普通の高校生としての生活を送れるようになるのだ。
「なんだか、あっという間の1年だったね」
「ああ」
飛鳥の結婚式の後、自宅での食事会から抜け出した誠治とさやかは庭に出ていた。明かりのない庭から見上げた空には満天の星が輝いている。誠治はさやかの手を取ると、ゆっくりとした足取りで社務所に向かった。戸の前でポケットを探るが、鍵がない。
「やべ、忘れてきた」
「いいじゃない。星、綺麗だし」
「…さやかちゃんだし、いいか」
誠治は右手を軽く振った。現れた鍵で戸を開ける。背中から、さやかの苦笑が聞こえた。
「どうした?」
「なんか万能だよね、その力」
「そうでもないさ」
誠治は土間に置かれた冷蔵庫から缶ジュースを2本取り出すと奥の座敷に上がった。後から上がってきたさやかに1本を渡す。
「俺は遠くにあるものを自分の手に飛ばす事はできるけど、手に持ってるものを遠くに飛ばす事はできない。手に持っているものを飛ばせるのは飛鳥姉なんだ。さやかちゃんに一度やってる」
「え?」
「昔、俺のシャーペンを持ってきてくれた事あっただろ? あれ、飛鳥姉が飛ばしたんだ」
「あの、緑のシャーペンの事?」
誠治の横に座ったさやかが目を丸くする。あれは飛鳥が事故に遭う寸前だったから、もう2年前の話になる。
「なんか、懐かしいね」
「だな。あの頃は飛鳥姉とりゅう兄が結婚するなんて思いもしなかった」
誠治は少し身をずらしてさやかの肩に頭を預けた。頭にさやかの頬が当たる。
「飛鳥さんの花嫁姿、綺麗だったね」
「ここだけの話、俺、泣きそうになった」
神々しい打掛姿の飛鳥を思い出して、誠治は鼻を啜った。事故以来、誠治は飛鳥が無事に家に戻ってくるか不安だった。目が覚めて、リハビリが順調に進んでいても、退院が決まるまでは不安が拭えなかったのだ。
「よかったね、これからは3人暮らしだよ」
「ああ。神社の仕事もしなくてよくなるし、今、すっげー気分が軽い」
告白してから今まで、神社の事にかかりきりでさやかとデートもできなかったのだ。ようやく恋人らしい事ができる。さやかの頭に頬を摺り寄せた誠治の目に、さやかの左手に光る指輪が目に入った。
「つけてたんだ」
「こういう時だからと思って。まだ、きれいでしょ?」
さやかが手をかざす。そんな可愛らしい仕草に誠治はさやかを抱きしめた。さやかも誠治の背中にそっと腕を回す。
「いつか、さ」
「え?」
さやかが顔を上げる。誠治は真剣な表情でさやかを見つめた。
「いつか、俺達も、あんな風にできるといいな」
「…結婚式?」
我ながら恥ずかしい事を言った。頬が赤くなるのがわかる。無言で頷く誠治の肩にさやかの腕がかかり、さやかの頬が頬に当たる。
「絶対、結婚式しようね」
さやかの囁きに、胸が熱くなった。誠治はそっとさやかの顔を見る。さやかも誠治を見つめる。どちらからともなく顔が近づき、2人はそっとキスをした。
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