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エピローグ
窓の外を高速道路が走っている。高速を走る車のライトが綺麗な光の帯を作る。さやかはその光の帯をじっと見つめていた。とあるビルの中にあるしゃれたレストラン。落ち着いた雰囲気の窓際の席にさやかは座っていた。誠治から誘われたこの日の為に新調した、スーツの乱れをそっと直しながらさやかはレストランの入口を見た。見慣れた人影が走りこんでくる。さやかは軽く手を上げる。誠治は安堵の息を吐くとさやかの前に座りこんだ。
「ごめん、遅くなって」
「いいの、いいの。仕事大変だったんでしょ?」
さやかが誠治の乱れた服装を指差す。誠治は大急ぎで服の乱れを直すと照れ臭そうに笑う。
「ちょっとね、書類の整理が終わらなくて」
「あたしも約束の時間には来れなかったのよ。気にしないで」
「そうか」
頃合を見計らったのか、タイミングよくウエイターがやってきた。ワインと予約していた料理を出してもらう様に頼むと、ウエイターは軽く会釈をして立ち去った。あっという間にワインと前菜が運ばれてくる。
「乾杯」
2人はそっとグラスを傾けた。ガラスの触れ合ういい音が響く。
「雰囲気のいいお店だね」
「大宮くんの結婚式の二次会がここだったのよ」
さやかはそっとグラスを置くと、前菜に手を伸ばした。
「俊夫か。俺、行けなかったからな」
「海外出張していたんだもの。でも、しっかり電報送ってたじゃない」
「中学の時の友達で今も連絡取り合うのあいつだけだし」
誠治が肩をすくめた。さやかはそんな姿を見て微笑む。
「もう、中学を卒業して10年よ。早いよね」
ちょうど会話が途切れた時を見計らって、ウエイターがメインディッシュを運んでくる。そんな何気ない心配りが嬉しい。2人は思い出話をしながら食事を進め、デザートが運ばれてくる頃には心地よい満足感に浸っていた。
「おいしかった」
「そうでしょ? あたし気に入ってるんだ、このお店」
さやかがデザートを口に運びながら答えた。誠治は窓の外を見つめながら呟いた。
「そう言えば、今日って何の日か、覚えてる?」
「え?」
突然の問いかけにさやかは考えこんだ。無意識に口元に持っていった左手の薬指に古ぼけた指輪が光る。誠治は指輪を指差しながら意地悪げに笑った。
「忘れた? 中学卒業して、10年だぜ」
「あ…」
さやかはやっとの事で思い出した。
「誠治くんと両思いになった日だ」
「そう言う事」
誠治は微笑むとスーツの内ポケットから小さな包みを取り出して、さやかの手に乗せる。包みを開けると、青いビロード地の小さな箱が入っていた。そっと蓋を開ける。
「これ…」
プラチナの4連リング。細いリングに1つずつ白い花がついている。白い花の中央にはさやかの誕生石がついている。今、さやかがつけている指輪と同じデザインだ。
「この日の為に用意した、特注品だぞ」
さやかは震える手で新しい指輪を手に取った。誠治がさやかの手から今までつけていた指輪を抜き取ると、さやかの持っていた指輪をさやかの左手の薬指につけた。
「橋口さやかさん」
「はい!」
慌てて姿勢を正したさやかの前で、誠治は真剣な表情でさやかの左手を掲げた。
「俺と、神道誠治と結婚してください」
告白した時と全く同じ口調。さやかは胸が熱くなった。
「はい」
嬉しくて涙が出る。何度も頷くさやかに、誠治は安堵の息を吐くと、さやかの頬に伝った涙を指で拭った。
「今度、おじさんとおばさんに、いや、ご両親に挨拶しよう」
「うん」
窓の外には光の帯が途切れることなく続いている。光の帯は、まるで2人の未来を祝福するかのようにきらめいていた。
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