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タラコ唇便秘ババアと妖怪ビチャビチャうんこジジイ
ピアノのイントロが静かに流れる中、暗転したステージの一点をスポットライトが照らす。銀色の衣装を煌めかせながらステージ上部からゆっくりと下降してきたのは今をときめく若手俳優・新堂陽。天使の降臨を現世に再現したかのような神々しさである。天使なのだからそりゃあ空くらい舞うだろう。陽くんを吊るすワイヤーは脳内で都合よく削除されている。
曲調が一転し、空気が鳴動した。エレキギターとドラムがギンギンに響き、同時にステージ両脇から噴出花火がどーんと噴き上がる。呼応するように巻き起こったのは、客席からの爆発したような歓声だ。
新堂陽のライブコンサート。彼の出身地仙台では初めての凱旋イベントだった。本業は俳優だが、最近は歌や執筆業も手掛ける多才ぶりだ。陽くんの活躍の場が広がっているのは、十三年来のファンである私にとっても誇りだった。
陽くんは私の二歳年上。中学生のころに出会って(私が一方的にテレビで見ただけ)、十三年もの月日を一緒に歳を重ねてきた(私が一方的に以下略)。
昨日はライブに先立ち握手会イベントが開催された。カレンダーを五部買うと握手券が一枚ついてくるのだ。私は十部買った。
~握手一回目~
列に並んでいる時、もう少しで陽くんに会える緊張で吐きそうだった。楽しみなんだけどとても帰りたい気持ちだった。手汗はすごいし脇汗のシミは半ばあきらめている。額に滲む玉のような汗を何度ぬぐったことか。お風呂で茹で上がったような有様である。
ちなみに私、この日のためになけなしの女子力を振り絞ってダイエットに励んできた。醜い姿で陽くんの至近距離に立つのは申し訳なさすぎる。ダイエットの一環でYouTubeを観ながらハンドクラップダンスとかいうのもやってみた。五分間やってみて、こりゃいい運動だなぁと思っていたら、動画のコメントに「胸が揺れてしまい小さくなりそう」だの「胸が揺れて痛い」だの書いている人がいたので、私はその五分間何か違うダンスをしていたのかもしれない。
もちろん、美容にも気を遣った。普段は休日になると炭酸飲料とお菓子を開けてゲームしているし、平日も夜になると炭酸飲料とお菓子を開けて陽くんのドラマの録画を観ている肌荒れ大爆発生活なわけだが、こんな無様な姿で陽くんに会うわけにはいかない。そういうわけで、前から気になっていたアセロラの香りのする少しお高い美白化粧水と乳液を買った。顔を洗ってこれを付けると、アセロラのいい香りにつられてか、小さい羽虫が顔の周りに来るので二度と使わなかった。
「こんにちは~」
手を握ってくれる陽くん。陽くんのおててはみずみずしくて艶やかだ。やばい私の手、汗でベチョベチョしてないかな。してるわ。トイレで手洗ったあと拭いてないみたいになってるわ。ごめんなさい陽くん。
気を取り直して、
「こんにちは! 殺し屋食堂見ました!」
殺し屋食堂とは陽くん主演の映画である。陽くんはどこか影のある厭味な役が多い。それがピッタリはまってかっこいいのである。
「嬉しい~」
「パフェすごく似合ってました!」
「え~そうかな、もう三十前なのにね……」
「そんなことないです!!」
と思いのほか大声が出て、陽くんの瞼がほんの一瞬びっくりしたように反応した。しかしそこはさすがプロ。すぐに満面の笑みを投げてくれたところで終了。
~二回目~
「こんにちは~。あ、さっきも来てくれたよね! ありがとう!」
「こんにちは! こちらこそ、先ほどはありがとうございました!」
キャー覚えててくれた! 陽くんの視界にお邪魔するだけでもおこがましのに、たとえ一瞬でも記憶の中にまでお邪魔できたなんて!
「えと……ワタクシも仙台の者でして、勝手に仙台の星だと思ってます!」
我ながら意味不明だが、緊張がピークでわけ分からなくなっていた。
「ん!? うん、じゃあ頑張らないとね! ありがとう」
終了。
本当は「お誕生日おめでとうございます」とか「今放送中のドラマ観てます」とか色々言いたいこともあったのに、あまりの神々しさを前に頭が真っ白だった。
相変わらずお肌の透明感が半端なくて、目尻の笑い皺がキュートで、ホント対応も優しくてプロだった。陽くんの握手会タダなら行っても良いかなーって人、来年私がカレンダー買ったげるから行ってみてくれ。このプロの仕事に感動するから。
衣装をはためかせ、空中を滑る陽くん。
仙台の星・新堂陽は、故郷の夜に燦然と舞い降りたのである。
ハァ~私も陽くんの初恋の人としてバラエティー番組に呼ばれて、最後「幸せになってください」って少し掠れた笑顔で言われたい人生でした。この辺の機微、理解できる人もいるはずだ。
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