彼との出会い

1/1
前へ
/6ページ
次へ

彼との出会い

 レンと初めて会ったのも、こんな満月の夜だった。  もう何年も、何十年も前のことだ。  彼の姿は出会った時とほとんど変わらない。  私はこんなにおばあちゃんになったのに。  彼の一族は、私達人間と違って長命なのだそうだ。  レンと出会ったのは、祖父母がこの島で営んでいたペンションを手伝いに来た、夏休みの夜のことだった。  かすかに耳に届いてきた歌に惹かれて向かった海岸に、彼はいた。  彼の歌う歌は、海のように深く澄んでいて、空気に溶けて風に乗って遠くまで響いていくようだった。  その響きが私の心の奥に共鳴して、涙が溢れた。  私に気付いてこちらを見た時に、美しい姿をしていた彼も、とても印象的だった。たとえ怪訝そうな顔をしていても、だ。  私はどうしようもなく彼と彼の歌に惹かれて、毎晩のように会いに行った。  最初のうちレンは、機嫌悪そうに、「早く帰れ。」とか「もう来るな。」と言うばかりだった。  私は、最初は彼のことを普通の人間だと思っていた。  そんな私を怖がらせて二度と来ないようにするために、彼は自分の本来の姿を見せて追い返そうとした。  彼の姿は伝説でよく見聞きする人魚のようだったのだ。  ヒトではないモノをヒトは怖がると思ったらしい。  レンの虹色に光る鱗はとても美しくて、私は思わず「きれい……。」と呟きながら見とれてしまった。  彼は目を瞠り、それから苦笑した。 「お前……、変わってるな。」  レンは私は全然怖がらないのに驚いて、私に興味をもってくれたようだった。  彼はセイレーンの末裔なのだそうだ。  彼の先祖は、歌声で人間の船を沈めることを拒み、一族の棲み処(すみか)を離れて遥か昔にこの島の近くに棲むようになった。  人間のいないここでは好きなだけ歌うことができたというが、いつしかこの島に人間が住むようになった。  ヒトを殺めないように彼らは歌うことをやめたそうだ。  でも、彼らにとって、歌えないというのは、大変辛くて苦しいことだったという。  そんな彼らを哀れんだ海の女神と月の女神は、月が照らす夜だけはセイレーンの歌の効力を失って人間の姿になれるように、彼らに慈悲の魔法をかけたという。  ヒトに見つかっても恐れられないように。  ヒトの為に歌わないと誓った彼らが、思う存分歌えるように。
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加