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彼との出会い
レンと初めて会ったのも、こんな満月の夜だった。
もう何年も、何十年も前のことだ。
彼の姿は出会った時とほとんど変わらない。
私はこんなにおばあちゃんになったのに。
彼の一族は、私達人間と違って長命なのだそうだ。
レンと出会ったのは、祖父母がこの島で営んでいたペンションを手伝いに来た、夏休みの夜のことだった。
かすかに耳に届いてきた歌に惹かれて向かった海岸に、彼はいた。
彼の歌う歌は、海のように深く澄んでいて、空気に溶けて風に乗って遠くまで響いていくようだった。
その響きが私の心の奥に共鳴して、涙が溢れた。
私に気付いてこちらを見た時に、美しい姿をしていた彼も、とても印象的だった。たとえ怪訝そうな顔をしていても、だ。
私はどうしようもなく彼と彼の歌に惹かれて、毎晩のように会いに行った。
最初のうちレンは、機嫌悪そうに、「早く帰れ。」とか「もう来るな。」と言うばかりだった。
私は、最初は彼のことを普通の人間だと思っていた。
そんな私を怖がらせて二度と来ないようにするために、彼は自分の本来の姿を見せて追い返そうとした。
彼の姿は伝説でよく見聞きする人魚のようだったのだ。
ヒトではないモノをヒトは怖がると思ったらしい。
レンの虹色に光る鱗はとても美しくて、私は思わず「きれい……。」と呟きながら見とれてしまった。
彼は目を瞠り、それから苦笑した。
「お前……、変わってるな。」
レンは私は全然怖がらないのに驚いて、私に興味をもってくれたようだった。
彼はセイレーンの末裔なのだそうだ。
彼の先祖は、歌声で人間の船を沈めることを拒み、一族の棲み処を離れて遥か昔にこの島の近くに棲むようになった。
人間のいないここでは好きなだけ歌うことができたというが、いつしかこの島に人間が住むようになった。
ヒトを殺めないように彼らは歌うことをやめたそうだ。
でも、彼らにとって、歌えないというのは、大変辛くて苦しいことだったという。
そんな彼らを哀れんだ海の女神と月の女神は、月が照らす夜だけはセイレーンの歌の効力を失って人間の姿になれるように、彼らに慈悲の魔法をかけたという。
ヒトに見つかっても恐れられないように。
ヒトの為に歌わないと誓った彼らが、思う存分歌えるように。
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