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「でさあ、この前行ったライブだけどさあ、高志ったら、いきなりわたしの手を握ってきちゃってさあ」 「ふーん……」 「もう、ビックリしちゃったわけ。だってさあ、高志の横には、今付き合っている祥子がいるのよ! こんなこと有りって思う?」 「ふーん……」 「……さとみさあ!」  うんざりしたような声を出し、立ち止まって麗子が横を見る。背の高い麗子を見上げて、さとみも立ち止まる。 「どうしたの、麗子?」さとみは不思議そうな顔をしている。「何かあった?」 「あなた、わたしの話、聞いてる?」からだをやや折り曲げ、麗子がさとみに顔を近づける。「こんな重大な事を話しているのに、あなたは『ふーん……』って、うわの空じゃない!」 「そんな事ないわよ、ちゃんと聞いているわよ、こっちの耳で」  さとみはいつも麗子の左側に立っているので、自分の右耳の耳たぶを摘まんで見せた。 「そう言う事じゃなくって……」麗子は大きく溜め息をついた。「……ま、いいわ。とにかく聞いててちょうだい」  麗子は前を向いて歩き出した。大股で歩く麗子に遅れまいとして、さとみはやや小走りになる。 「でさ、思わず高志の顔を見たの。そしたらさ、高志ったら、すっとぼけちゃってるわけ」 「ふーん……」 「何げなく高志の反対の手を見たら、しっかり祥子の手も握っているの!」 「ふーん……」  さとみの息が上がってきているが、麗子はお構い無しに、ずんずんと前を向いて歩きながら喋り続ける。 「これって、一体どういうわけだと思う? これってさ、いわゆる、二股って奴なんじゃない? ……確かに、高志は良い男だとは思うし、はっきり言って、わたしの方が祥子より美人でスタイルも良いけど。でもさ、やっぱり問題よねえ? 高志があんな事しないで、直接はっきりとわたしに言ってくれたら、わたしだって考えちゃうけど、いきなり手を握ってくるなんて、わたしは安く見られたって事でしょ? 腹を立てたくもなるわよねえ? でさ、思いっきり、高志の爪先をハイヒールのかかとで踏んづけてやったのよ。高志もこんなことしている手前、声を出せず、慌ててわたしの手を放したわけ。ねえ、わたしのやって事って間違いないわよね? 正義の鉄槌って事よね?」  返事が無い。「ふーん」が無い。麗子は立ち止まって、さとみが居るはずの左側を見る。そこには白い子犬が尻尾を振りながら、ちょこんと座っており、はあはあ息を弾ませていた。 「……さとみ…… あなた犬になっちゃったの?」  麗子は顔を蒼白にして二、三歩後退する。子犬は麗子と視線が合うと「ワン」と一声鳴いた。 「なんとなく、さとみに似ているような……」  麗子が呟きながらさらに後退すると、子犬は息をはあはあさせながら前進する。  前方から「すみませーん」と叫びながら中年のおばさんが駆けて来た。子犬以上に息を弾ませながら、麗子の前で立ち止まる。両膝に手を当て、息を整えている。 「どうも、あり、がと、う……」整わぬ息の間からおばさんが礼を言う。「うちの、セバ、セバスチャン…… 油断すると、すぐ、走って、どこかへ、行くのよ……」  おばさんは麗子の前に座っている子犬を抱き上げると、頬擦りを始めた。 「セバスチャン、だめでしょ。世の中、悪い人が一杯なんだから……」  頬擦りされているセバスチャンが、なんとなく迷惑そうにしている、麗子にはそう見えた。  おばさんはそのまま礼も言わず、セバスチャンに色々と話しながら去って行った。 「……じゃあ、さとみは、どこに……」  麗子は振り返る。さとみが立っていた。公園の入り口に立ち、じっと公園の中を見つめている。 「ねえねえねえ、どうしたって言うのよ?」  麗子が大股で歩み寄る。さとみはそれに気がついていないようだった。じっと公園の中を見つめ続けている。 「さとみったらあ!」  麗子がさとみの肩を揺する。さとみがはっと我に返って麗子を見上げる。 「……何か、見えているの?」  麗子が恐る恐る聞く。さとみは大きく頷く。 「新顔が立っているのよ。それも、もの凄い格好をして……」
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