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「ぼ、僕、天体観測が趣味で、望遠鏡持ってるんだけど、今度の新月の夜、天の川を見に行かない?」
勇気を振り絞って僕、吉野慶太は、音楽サークルの同級生の女の子、有吉沙也香さんに声をかけた。
彼女はサークルでもいつも輪の中心にいるような、明るい女の子。
誰にでも平等に接し、男女問わず、友達も多い。
一方の僕は、サークルでも学科の中でも地味で影の薄い存在。
一言で言えば、陰キャそのもの。
そんな僕が恋をしたのが、同じサークルで誰にでも分け隔てなく接してくれる有吉さん。
こんな僕にも話しかけてくれる、心優しい女の子だ。
先日も、僕が仲間との会話の中に入っていけず、隅っこで小さくなっていたら、僕がウザいと思うくらい話を振って、気にかけてくれたりもした。
人を好きになるのなんて、中学の時以来だ。
でも、同級生の女子に勇気を出して告白したけど速攻で振られ、しかも告ったことをみんなの前で言いふらされた。
言いふらしたのを他の男子が非難してくれたんだけど、責められたその子が言い訳として出した、僕のありもしない二股疑惑が何故か信じられてしまい、僕は多くの友人も失った。
それ以来僕は人との上手なコミニュケーションの取り方を忘れてしまった。
人を信じれなくなったんだ。
それまで部長を務めていた天文部も辞め、人との関わりを極力絶って、ひっそりと生きることに決めた。
唯一、同級生の委員長だった地味な黒縁メガネの女の子だけがそんな僕を気にかけ一生懸命僕に話しかけてくれたけど、その子も程なくして家庭の事情で転校してしまい、クラスで僕に話しかけるものは、誰もいなくなった…。
じゃあ何故、そんな僕が、音楽サークルなんて、陽キャの集まるようなサークルに入ったのかというと、地元と遠く離れたこの街でなら、自分の殻を破れると思ったから。
でも、今の僕にはハードル高すぎた。結局サークルでも陽キャの仲間には入れず、数少ない、同じ匂いのする男の友達とばかり話をしてる。
さて、陰キャの僕がなんで彼女と星を見に行こうと思ったのかというと、先日のサークルでの飲み会で、たまたま彼女の近くにぼっちで座った僕が、壁の模様と一体と化すべく、黙ってスマホをポチポチしていた時、“大学卒業までに叶えたいささやかな夢”というお題で盛り上がってたグループの中にいた彼女のその夢を聞いたからだ。
彼女は、『一度でいいから、天の川が見てみたい』って、恥ずかしそうに、言ったんだ。
それを聞いていた周りの陽キャの男子たちは、『小せえ夢だなぁ』とか、『そんなことより、カラオケ行こうよ』なんでいいながら、バカにして取り合わず、誰一人同調するものはいなかった。
何しろ僕たちの住むこの街は、田舎にしては珍しく、夜も明るい“眠らない街”。
星を見るためには、車で1時間以上かけて、街の明かりの届かない郊外の山の上の公園まで行かなきゃならない。
そのときの彼女は笑いながら、でも少し寂しそうに、「そっか。そうだよね」と周りに話を合わせて呟いていたのが、僕の胸の中にこびりついてしまった。
それから僕が実家に置いたままの天体望遠鏡を取り寄せるまでは、自分でも驚くくらい早かった。
彼女を誘う勇気が出るまでには、もう少し時間がかかったけど。
「えっ? 吉野くん、いいの?
ホント?
てか、この前の話、覚えててくれたんだ」
勇気を振り絞ったあと、意外にもあっさり彼女はOKしてくれた。
彼女の口ぶりから、あの時の飲み会の、『小さな夢』で盛り上がってたメンバーの中に僕もいたと勘違いしてるっぽいことに気づいたけど、そこはあえて触れないことにした。
嬉しい反面、僕はまたここで地の性格が出て、急に不安になりはじめた。
彼女を誘うのが、こんなに順調に行けるはずがない。
もしかしたこのあと、『サークルのみんなで行こう』って言われるんじゃないか。
そうだ。そうに違いない。
そうじゃなかったら、学科でもサークルでも目立たない陰キャの僕が、こんなに簡単に有吉さんを誘えるワケがない。
中学校の時の失恋で痛いほど学んだ僕は、傷つくのを避けるため先手を打つことにした。
「あ。他に誰を誘おうか?」
すると彼女から意外な反応が返ってくる。
「えーっ、他の子はみんなあんまり天体観測なんか興味なさそうだったし、吉野くんと私の二人だけで行こうよ」
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