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それからしばらくした新月の夜。天体観測を約束した当時になった。
僕は約束をしてから今日までずっと、いつ彼女から断られても心にダメージを負わなくていいよう、何度も断られる前提でのシミュレーションを繰り返していた。
『ごめん、バイトが入っちゃった』
『昨夜おばあちゃんが入院したの』
『今週末までに提出しないといけないレポートが出ちゃったからゴメンね』
この辺りならドンとこい。
“ いいよ。そういうことなら、しょうがないよね”
と、笑顔で伝える練習を何回もこなして、万全の体制ができてる。
でも…
『やっぱり二人で行くのはおかしくない?』
とか、
『そもそも君と行くこと自体、嫌だったんだ』
なんて言われることについては、まだまだ練習不足で、もしそうなったら多分メンタルが耐えられそうにない。
だから、もしドタキャンされて傷つくくらいなら、いっそのこと雨で中止になればいいとさえ思っていた。
まあでも当日である今日は、この上ない快晴なんだけど。
待ち合わせ場所と時間は、夜の7時に彼女のアパート近くのコンビニ駐車場。
そこから星の見えるポイントまで、僕が車を運転して行くことになっている。
待ち合わせの15分前にコンビニに到着。そこで彼女を待つつもりだったけど、既に有吉さんは入り口の横に立って待ってくれていた。
僕は嬉しさと、ホッとしたのとで、急いで車を止め、彼女のもとに向かうため、シートベルトを外す。
いや、まだ油断しちゃダメだ。
彼女は、直接断るためにここで待ってるのかもしれない。
そうだ。きっとそうに違いない。
“メールや電話じゃなくて、直接”
多分おばあちゃんに厳しく育てられたので、その辺しっかりしてるんだろう。
「あ、吉野くん」
僕を見つけて笑顔で手を振る彼女。
彼女の姿は、いつも大学やサークルの時に着ているようなヒラヒラのスカートではなく、ジーンズ姿。
靴も履き慣れてそうなスニーカーで、まるでこれから山にでも行くかのような動きやすそうな格好じゃないか。
山に行く格好…って、もしかして、僕と一緒に行ってくれるってことでいいのだろうか。
「あああ有吉さん、遅れてごめん」
「ううん。大丈夫だよ。私が早く来すぎただけ。
ふふっ。今日が楽しみすぎて、待ちきれなくて早く来ちゃった」
そう言って彼女は照れ臭そうに笑い、照れ隠しなのか、「さ、早くいこっ」と僕の背中を叩き、一人で僕の車に向かった。
慌てて後を追った僕が、先回りして後部座席のドアを開けようとすると、彼女はきょとんとした顔で僕を見つめで尋ねた。
「助手席に座っちゃダメ?
あ、もしかして、吉野くんの助手席は、もう他の誰かさんのものなのかな?」
「いや、あ、え、そそそんな人はいないっていうか…、あ、ああでも、そこに有吉さんが座ると思ってなくて、荷物置いてて狭い…」
「えーっ、荷物だったら後ろによけたらいいじゃん?
せっかく二人だけなのに、前と後ろに離れて座るのって変だよー」
なな何てことを言い出すんだ、有吉さん。
せっかくの有吉さんとの片道一時間ちょっとのドライブ。
それなのに僕は、緊張でほとんど喋ることが出来なかった。
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