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「松岡が何かやったのですか。この前シャバに出てきたばかりでしょう」 「おや、知らないと言うのかね」  大木戸は探るような視線を白根に向けた。彼を知ったときから白根はこのまなざしが苦手だった。ずっと見つめられたら、根負けしてしまうかもしれない。しかし大木戸はすぐに目を伏せた。 「……やめておこう、君のためだ」  彼は相好を崩し人の良さそうな笑みを浮かべる。白根はホッとしたが、この顔に乗せられて余計なことまで喋ってしまう輩もいるのだから注意しないといけない。 「ああ、のんびりしてると本当に帰れなくなってしまう」  腕時計に目をやって、大木戸は慌てた素振りをした。 「もうじきバスの時間ですよ。乗れなかったら駅まで一時間かかります」  急かすつもりだったが、大木戸は言葉尻を捕らえて、 「乗り遅れたら、泊めてくれる?」 と訊ねた。冗談のつもりだろう、いやそう解釈しているように振る舞わねばと思いながら、白根は頸の後ろに汗が流れるのを感じた。 「……あいにく、今日は満室なんですよ」 「そりゃ残念」  大木戸は手をひらひらさせると、急ぎ足で道を下っていった。途端に緊張の糸が切れ、白根は頭痛をおぼえた。  サンダルを脱いだところで、姉の敬子が奥から出てきて小声で訊ねた。 「また刑事が来たの」 「うん、まあ」  敬子が嫁いだ農家は冬が閑散期なので、この季節だけ通いで手伝いに来てくれている。白根が東京で「革命のための活動」に明け暮れている間も、死んだ母と病気で寝たり起きたりの父の代わりに旅館の切り盛りをしていた彼女の応援は頼もしかった。二人目の子供を妊娠していてお腹もかなり目立ってきているので今年は良いよと白根は断ったのだが、動いていないと気が済まないからと半ば押しかけるようにやってくる。次々に子供ができるので夫婦仲は悪くないのだろうが、農家の嫁というものはもともと働き者の敬子でも苦労があって、つい実家に帰りたくもなるのだろうか。 「あんた、なにか疑われてるんじゃない」 「ただの聞き込みだよ」  弟の言葉を信じているのかいないのか、敬子は肩をすくめた。 「それにしても、こんな田舎によく来るねえ。あの人、巡査なんかじゃないんでしょう」 「あんな見た目なんだけど、四十くらいのはずだよ。警部補とか言ってたかな」 「あらあ、見えないものねえ。学生さんみたい。聞き込みなんてもっと若いのがやるんじゃないの?」 「さあ……東京にいたときからの顔馴染みだからかな」  その程度で頻繁に訪ねてくるのはやっぱり変かもしれない。 「あんたに気があるんじゃないの?あのひと、結婚してる感じが無いし」  敬子はにやにやした。がっしりと肥えた左手には指輪が食い込んでいた。
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