5/5
前へ
/31ページ
次へ
「まだ痛むの」 「たまに。M**駅から歩いたからだろう」  それは旅館しらねの最寄り駅から三駅離れた無人駅だった。ここから十五キロくらいはあるはずだ。 「おととい目撃されてると聞いて変だなと思ったんだよ。ここに来たのは今朝なのに何をしていたんだろうって。野宿したのか」 「明るいうちは山の中で仮眠をとって、夜に歩いていたんだ。人目が避けられるし、寝たら凍死しそうな寒さだからな。星が綺麗だった」 「もう少し遅い時期だと雪が降ってしまって駄目になるところだった。足跡がつくから」 「それは怖い。間に合って良かった」  雪が降る前に片が付くのかと思うと、白根はホッとするようなしかし淋しいような気分になった。 「それじゃ、おやすみ」  腰を上げかけたところで腕を掴まれた。振りほどくつもりができないまま脣を吸われ、久々の感覚に酔ったようになって力が抜けた。 「いいだろ?」  白根は何も言えなかった。男が性急な手で釦をまさぐるのを、されるがままにしていた。  浅い吐息と粘液のはじける音だけが響く。後ろから何度も突かれ声が洩れそうになるのを、白根は必死で堪えていた。十分に慣らされないまま挿れられて痛みが躰を貫いて、疼くような熱さに気が遠くなる。だが奥には陶酔感があって、白根はそれを求めて自ら腰を動かしていた。 「狭いな……凄くいいよ」 「出てからはじめてなの」 「ああ」  松岡が抱いてきた何人もの女たち──顔を知っている者も知らない者もいる──への優越感を白根はおぼえた。男の慾望を貪っていた。松岡が自分を求め、躰のなかに精を放ち、果てたあともなお抱き締めるのに抗いようのない悦びを感じていた。  寝入った松岡が枕にしていた腕を抜くと、白根は躰を起こし素早く服を整えた。男に毛布を掛けてやると弁当箱や水筒をかき集めて部屋を出る。明け方には板前たちが朝食の準備に取りかかるので、それまでに汚れものを洗わないといけない。  足音を立てないように階段を降りる途中、窓の外をのぞくと満天の星空がさえざえと輝いていた。幼い頃は星座の名前を幾つも言えたはずだが、今は北斗七星しかわからない。昨日の同じ時間、松岡もこの星々を見たのだろう。今はもう、声をかけても反応しないくらいによく眠っている。寝顔は疲れ果て、老けていた。  もう忘れたつもりだったのに、松岡へのまだ思いが残っていることに気がつき、白根は悲しくなった。
/31ページ

最初のコメントを投稿しよう!

91人が本棚に入れています
本棚に追加