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 畳に押し倒されて白根は全てを悟った。  このひとに抱かれるのだ。  かつての同級生のように松岡を想像して自慰をしたことはなかった。彼の存在は大きすぎて慾望で汚すなど畏れ多かった。彼が女と寝ているのを知っているのに、である。交際してもいない不特定の女と肉体関係を持つのは本来であれば軽蔑すべき行為だが、松岡に対してそのような感情は持てなかった。それが何故なのかようやくわかった。尊敬の念で抑圧していただけでやはり自分は松岡に抱かれたかったのだ。  深く接吻されただけで下半身が痛いほどに昂り、羞恥で躰が熱くなった。松岡は片手で器用に服を脱がせて白根のものを露わにした。指が触れただけで快感が全身を走り、声が漏れそうになって思わず両手で顔を隠した。 「声出せよ、俺たちだけなんだから」  そう言って松岡は白根の分身を愛撫した。自分でも驚くほどに甘い悲鳴を上げながら白根は果てた。余韻の息をつく白根の口に松岡は自らのものを咥えさせた。白根は夢中で奉仕した。松岡のものは大きく喉の奥を塞いで息が詰まり、興奮で脳の血管が破れてしまいそうだった。  しばらくすると松岡は躰を離した。 「痛いかもしれないけど我慢しろよ」  脚を広げられ躰の奥に熱の塊が侵入してきた。女のように犯されているのだ。壊れてしまいそうな感覚があったが、痛みよりも白根はなんとか男に悦んで貰おうと必死で腰を動かした。松岡が獣のような声を漏らすと嬉しくなり強く腰を押し付けた。こんな声は聞いたことがなかった。 「もっと早く抱いておけばよかった」  明け方近くまで何度も交合したあと松岡が呟いた。その腕に抱かれて白根は疲労でうとうとしながら満たされた気持ちになった。  表向きの日々に変化は無く、白根は松岡の論文の校正と家事をしていた。泊まりに来た同志たちの中に女がいると、夜半過ぎに雑魚寝の居間から奥の部屋へ行くのも変わらなかった。松岡は複数の女と関係を持っていて、組織の中でそれなりの地位にある者もいた。女癖は知れ渡っていたが、組織には松岡に代わる弁舌家がいないこともあり黙認されていたようである。  宿泊する者が居ない予定の日は、白根は夕方あたりから気が気でなかった。急に誰かが一夜の宿を請うこともあるからだった。客がない夜に家事を終えて奥の部屋へ行くと、松岡は白根を相手に革命後の理想社会について語った。まだ論文にできるほど構想がまとまっていないけれど、言葉にすることで気づくこともあるから聞き流して欲しいんだと彼は照れくさそうに笑った。僕は未熟だからなんの助言もできないと白根が卑屈になって呟くと、松岡はそういう視点が新鮮なんだよ、知る者の驕りで独りよがりな文章になるのを防ぐことができる、と答えた。執筆の手助けができるのは白根にとって名誉であり幸せだった。  語りが行き詰まり次の言葉を探しあぐねているうちに、松岡は白根の躰を求めてきた。迷いを忘れさせてやりたい一心で白根は慾望に応えた。むしろ松岡が接吻してくるのを白根の方が待っている節もあった。痛みに耐えていたはずの躰は徐々に慣らされ、女のように達するまでになった。  白根が少し眠ってから目覚めると、松岡は机に向かっていることがよくあった。そのときは邪魔にならないように白根はそっと部屋を出ていくのだった。  そのような生活が一年ほど続いた。破綻したきっかけは「同盟」以外の革命を目指す団体のひとつが起こした爆破事件で死者が出たために、世間の風当たりが強くなったことだった。これまで松岡の活動を黙認していた家主が、これ以上は貸せないと退去を言い渡した。不特定多数の人間が宿泊して近所から苦情が出ていると言われてしまっては、抵抗もできなかった。松岡と白根は家を引き払い、別れたり合流しながら、同志やシンパの家を転々としていた。  離れて暮らしているときには、原稿の受け渡しと称して場末の安ホテルで躰を重ねた。別の日には女を抱いているのだろうと、松岡を抱き締めながら白根は考えていた。松岡の心を独占できない虚しさを感じながらも関係を絶つことはできなかった。
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