1・猫耳君

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1・猫耳君

 チリリン、チリリリ  小鳥が鳴くような可憐な音。街角の木蔭にたたずむ古書店の入口が開かれた。ベルの音に気がついた店主が太鼓腹を揺すりながら、にこりと挨拶をした。 「いらっしゃいまし」 「こんにちは。頼んでいた本を受け取りに来ました」  客は背の高い紳士であった。濃色のスプリングコートが優雅なシルエットを見せる。仕立ての良いスーツはやわらかな光沢があり、彼が上流階級の家柄の者であると想像できた。 「ナイトフォール様ですね。ええ届いていますよ。少しお待ちくださいね」  午後を少し回ったばかりの時間帯、店に訪れたのはこの男性のみのようだった。古い紙やインクの匂いに囲まれて、昼寝を誘う和やかな音楽がかけられている。  店主がカウンター裏のドアを開けて事務所の中へ行ってしまうのと入れ替わりに、本棚の角からエプロンを身につけた女の子がやって来た。初めて見る顔だ。  ナイトフォールの目を()いたのは、彼女のあたたかなナッツ色の髪に、猫の耳のような三角がふたつ乗っていたことである。  それなら、と不躾(ぶしつけ)ではあるが紺のワンピースの後ろを見てみると、やはり耳と同色の細長い尻尾(しっぽ)が揺れていた。もちろん作り物である。 「いらっしゃいませ」  なんと。声が低い。  慣れてしまえばなんてことはないが、順応するのに少し時間が必要だった。店主が「お待ちどおさま」と言いながら彼女の隣に戻ってくるくらいまでは。  店主の薄くなったおでこを狙って天井の照明がピカリと光る。 「いやあ今回はなかなか難儀しましたよ。『失われた月の民』なんて地下市場から掘り出してきましたんでね。これはちょっと値が張りますが、よろしいんですかな?」 「かまいません。ずっと探していたのです。砂漠の向こうの書物は国の滅亡と共にほとんど焼失してしまいましたから。これで研究が続けられます」 「それはよかった。熱心な学者さんに通ってもらえて、うちもありがたいですよ」  店主はにこやかに取り寄せた古書の値段を伝えた。なかなかいい値がついている。ナイトフォールは小切手を切ると、ほっと息をつき、細面が喜びでほころんだ。  そして猫耳の少ね……少女がしなやかな指でカウンターに並べられた数冊の古書を紙袋に入れてくれるのを、彼は貴いもののように見つめるのだった。  あまり表情を変えない猫耳店員が「どうぞ」と淡々と品物を渡すそばで、店主は常連客と雑談に興じている。 「しかしお伽話(とぎばなし)というのは、あれですね。大人が読んでもなにか心の深い部分に訴えてくるものがありますな。どうです、そろそろ世界中の物語が集まった頃なんじゃないですか」 「いえ、私の睡眠を捧げても世界の半分を知るのがやっとでしょう。それで、ひとつ頼みがあるのですが」 「はい、はい、なんでございましょ」  店主はカウンターに身を乗り出した。ナイトフォールは澄ました顔でほんの日常会話のように切り出した。 「最近、猫を飼いたいと思っているのですが、よい子がいたらご紹介いただけませんか」 「ああそれなら、うちに若い雄猫がいますよ。まだ(もら)い手がないのでね、おとなしくうちの本を読むしかすることがないんですな。飲み込みの早い、利口な子ですよ」 「なるほど。しばらく私の助手として、そばに置いてもよいでしょうか」 「ええ。お気に召しましたらそのまま首輪を付けてやってください……」  ジリリリリン! ジリリリリン!  店主が話している途中で黒電話が鳴った。カウンターそばの台に手を伸ばしながら、彼は隣の猫耳君に指示をする。 「ルーニャ、しばらく旦那様のお相手をしてあげなさい。あ、こりゃどうも。ええ、はい、え? 船の便が予定より遅れる? まいったな……来月までに仕入れないとお得意様にしかられちまうよ……ええ、ええ、」  長話になりそうだ。ルーニャと呼ばれた猫耳君はナイトフォールに向き直ると、営業トークで対応を始めた。淡々としてはいるが、相手の目を見ながらゆっくりと言葉を話す、丁寧な人である。テノールの綺麗な声だった。 「他にお探しのものはありますか。先日入荷した本にクリスマスのメルヘンがありました。お持ちしましょうか」 「お願いします。書棚にあるのならそこまで案内していただけますか」 「かしこまりました。こちらです」  猫耳君がカウンターから出てきて、ナイトフォールの先に立って歩き出した。買ったばかりの本は電話でやりとりしている店主の横に置いたままだ。  少年の身長は背の高い紳士の肩の辺りにあった。彼が歩くのに合わせて膝丈(ひざたけ)の紺のワンピースがふわりと広がった。  店内は直射日光を避けて、天窓から採光している。吊り下げられた電灯があたたかな雰囲気をつくっていた。  いくつか書棚を通りすぎ、猫耳君は角を曲がると洗面所の手前の奥まったスペースに入った。大きな観葉植物の鉢植えが置いてある。その裏で足を止めた。  ナイトフォールも彼にならって立ち止まり、後ろから声をかける。 「さあ、見せておくれ」 「はい」  猫耳君は返事をすると、おもむろに両手でワンピースの(すそ)をつまみ、そっと持ち上げた。腰までたくし上げるのを紳士は静かに見守っている。スカートの下は素裸であった。腰に細いベルトを巻いて猫尻尾をぶら下げている。 「ふむ。うつくしい。では、壁に手をついてごらん」  ナイトフォールは膝を曲げてその場にしゃがんだ。高価なコートが床に触れたが気にならなかった。猫耳君は言われたとおり壁に体重をあずけ、やわらかな小尻を差し出した。 「触ってもよいかな」 「どうぞ。旦那様」  紳士は短く爪を切った指で尻尾をよけると、もう一方の手であらわになった会陰をやさしくなぞる。猫耳君の腰がぴくんと跳ねた。  スカートの下で少年のもちものがゆっくりと鎌首をもたげるのを見届けて、ナイトフォールは一度手を離すとコートの内ポケットから何か探り出した。小さな銀色の円錐(えんすい)。底の部分に指を引っかけるリングが付いている。  ナイトフォールは親指で後ろの蕾をわずかに花開かせた。ついで猫耳君の脚の間にも手を伸ばし、抜き身を円錐の尖りでからかう。ピンク色の蕾が悩ましげに口をぱくぱく動かした。  古書店の店主はいまだ電話と格闘中である。チン! と受話器を置く大きな音がしてやっと終わったかと思うと、すぐにジーコジーコとダイヤルを回すのが聞こえた。しばらく続きそうである。  観葉植物の裏へ視線は届かない。 「そろそろいいだろう。中に挿れるよ」  声が震えている猫耳君の返事を聞くと、ナイトフォールは銀の円錐を蕾に近付けた。粘膜を傷つけないようにゆっくり埋めていく。 「ぁ、……あっ」  こらえきれない甘い声が漏れる。少年は自分でも知らず知らずのうちに丁度良い角度へ腰を上げ、仕事中に刺激されては困る場所を求めてしまった。  ナイトフォールは少年の腰のベルトにぶら下がっていた猫尻尾の留め具を外すと、円錐の底のリングに付け直した。位置はずれるが、お尻から直に尻尾が生えているように見える。  紳士は円錐の底に指を添えたまま立ち上がった。少年におおいかぶさるようにして、赤くなった耳に唇を寄せ低い声でささやく。 「ルーニャ、この名前は本名かな」 「……ッ、……いいえ、本当の名は……知らないので、す……!」  声を詰まらせながら少年は喘ぐ。ナイトフォールが埋められた円錐を指先で弄るたびに、少年はつま先立ちになって脚が震えるのを我慢しなければならなかった。 「月の民を表すルーニャという名は女性名詞だ。私は君についておおいに興味がある。私の屋敷においで。君のルーツも知ることができるかもしれない」  旦那様、と少年はか細い声で懇願(こんがん)した。目の前に洗面所がある。 「君と出逢えた記念に贈り物をしよう。この玩具(おもちゃ)振動機能(ヴァイブレーション)が付いている。リモコンで操作できるから、ベッドに入った時に試してみるといい」  紳士は少年を捕らえたまま、彼の手に銀色の卵形の道具を握らせた。三、四のボタンが付いている。ずいぶん軽かった。あらかじめ電池が抜いてあるからだ。  ナイトフォールはルーニャを解放した。たくし上げたワンピースを元に戻してやる。少年から数歩下がり、観葉植物の陰に身を寄せて店のカウンターをちらりと見た。店主は受話器を片手に背を向けている。 「私はお伽話と呼ばれる世界中の物語を集めている。時には国を越えて旅をするが、君にはその手伝いをしてほしい」 「はい。旦那様……」  ルーニャは涙をこらえてうなずいた。  紳士と少年が数冊の本を手にしてカウンターに戻ってくると、店主はげっそりした顔で二人を迎えてくれた。急に老けこんだように見えるが、背筋を伸ばして目尻を下げる。  猫耳君はぼんやりしたまなざしで雲の上を歩くようにふらふらしながらレジに立った。 「それではこちらの三冊をお会計させていただきます」 「お願いします」  ナイトフォールは重くなった古書の束を手提げ袋に入れてもらうと、店主に声をかけられた。 「ナイトフォール様、お探しの猫は三日後にお送りいたしますが、どちらへお届けしましょうか」 「私の方から(うかが)います。特に準備は必要ありません。では、また」 「ありがとうございました。今後もどうぞごひいきに」 「ありがとうございました」  猫耳君も見送りの挨拶をしながら一礼する。ポケットに入れた卵形の道具がどうにも気になった。  紳士がチリリンとベルを鳴らしながら店のドアを開けると、外から新緑の匂いが風に運ばれてきた。どこかの樹に止まってシジュウカラがツピツピさえずっている。ナイトフォールは春の光に満ちた街へと歩き出した。
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