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「そんな」
目のきわが、先刻と違う朱に染まっていく。艶っぽく、滴るような色気をにじませて。
戸惑いつつも目が離せずにいる瀬田川は、見たこともないほど可愛い。今まで知らなかった魅惑的な側面を発見して、狩谷は息が苦しくなった。
邪魔なマスクを取りたかったが、これを取ったらきっと抑制がきかなくなる。
だから瞳で訴えかけた。
――キスしたくて、しょうがない。
触れたくてたまらないんだ、と。
見つめあう行為が、口づけに置き換わったかのような雰囲気に、相手の目元から力が抜けていく。
唇を上下のまぶたに、舌を眼差しにかえて、甘くとろけた目のきわに視線でキスをする。
またたきは相手の肌を食むしぐさ。瞳のゆらぎは心を舐める舌のうごき――。
瀬田川が一度、大きくブルリと全身を震わせる。
それから、まるで果てたかのように、やるせない表情で目をとじた。
不意に細い肩から力が抜けて、前のめりに倒れてくる。
「……っと」
ぐらりと傾いだ身体を、狩谷は手をのばして受けとめた。
相手の頭を自分の肩にのせて、背中を抱きしめる。これくらいの接触は許されるだろう。
「……」
瀬田川は黙ってされるがままになっていた。だから狩谷も何も言わず背を支えた。
誰もいないフロアの片隅。
ブラインドと衝立に隠された、空調だけが響くオフィスビルの三十七階――。
狩谷は可愛く生まれ変わった男を、どうしてくれようかと興奮にまたたきもせず、いつまでもきつく抱きしめ続けた。
終
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