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半年前から世界的な規模で恐ろしい疫病が蔓延し始め、人々は今までの生活を変えざるを得なくなった。家から出ることを制限され、活動範囲も急激に狭くなった。
経済は停滞し、世には仕事を失った人が溢れかえるようになり、開催させるはずだった世界的なスポーツの祭典も多くのコンサートや舞台や催し物も、すべて消えた。
本来ならば夏を迎えるこの時期は祭りや観光でどこも盛りあがるはずなのに、今はSF映画の終末世界にでも飛ばされてしまったかのような、不気味な静けさをおびた日常になってしまっている。
テレビでは連日、識者らが他人との接触を避けるようにと注意喚起をしていた。疫病を広めるウイルスから身を守るため、密な接触をしないようにソーシャルディスタンスを保つようにと。
狩谷も自宅でのリモートワークを余儀なくされて、ここ数ヶ月は部屋に籠もりきっりで仕事をこなしていた。そして会社では、派遣社員が軒並みクビを切られていた。契約更新をされる人がひとりもいないという、かつてない異常な事態が発生している。
そんな中で、瀬田川のリーダー昇格の話も流れることになるだろうという噂が狩谷の所まで回ってきた。先日のZoom飲み会の席でのことだった。
運が悪いとしか言いようがなかった。
「仕方ないよ。時期が悪かった。瀬田川は仕事できるんだから、この騒動が収まったらすぐにリーダーになれるさ」
励ますように明るく言うと、「え?」といささか驚いた顔でこちらを見てくる。どうやら慰められるとは思っていなかったらしい。
「ああ、悪い。聞いてたんだ」
「――ああ」
合点がいったという顔をして頷いた。
「そうか」
デスクに向き直り、瞳を伏せる。
しかしノートPCを開くわけでもなく、デスクトップを立ち上げる訳でもない。マスクをしているから口元は見えないが、その眼差しは明らかに失望に満ちていた。
狩谷は、同僚の消沈した姿を見ていられなくて声をかけた。
「よかったら、昼メシ、一緒に食いにいかね? 久しぶりにこっちきたから、何かうまいもん食いたいんだよ」
自分の方も持ってきた仕事を片付けながらたずねてみる。狩谷にしてみれば、精一杯の気遣いのつもりだった。
「自炊も飽きたし、ちゃんとしたもの食わないと、栄養かたよりそう。瀬田川はどうなの? いつも何食ってんの。たしかそっちも俺と同じひとり暮らしだよな」
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