45人が本棚に入れています
本棚に追加
「ああ。うん、まあ」
相手の答えは素っ気ない。心ここにあらずといった様子だ。
「悪いけど、あんまり食欲ないから。俺はいいや」
即答されて、余計なお節介だったかと、応える声が尻すぼみになった。
「そか。――うん。……わかったわ」
狩谷は自分のノートPCに向き直って、仕事を再開した。
この同僚に話しかけるときは、何故かいつもわずかに緊張する。
自分をよく見せたい、好かれたいという思いが自然とわいてくるのだ。それが言葉に奇妙な鎧をかぶせ、身構えた話し方になってしまう。ざっくばらんを装いながら、しかしテンションは好きな女の子を前にした中学生のようになってしまう。
カッコ悪い所は見せたくないのに。
自分の不器用さに内心で舌打ちした。
狩谷だってモテないわけではない。今までにだって付き合った女の子はいた。上背もあるしジムで鍛えてるから筋肉もついている。顔も悪くない部類だと、密かにうぬぼれてもいる。けれども瀬田川のイケメンぶりは、狩谷とは次元が違う。こいつは女子社員にモテまくりで、肉食獣の真ん中に放りこまれた美味しすぎる草食動物状態となっている。
本人は彼女らにまったく興味を示さず、いつも涼しい顔でそつなく仕事も人間関係もこなしているが、それがまた人気を呼び、瀬田川はこの会社では崇高なアイドルのようにあがめられていた。
――こいつ、彼女とか、いるんかな。
画面に並んだ規則正しい数字を見ながら考える。
もしかしたら社外にいるのかもしれない。だから誰にもなびかないのかも。
どんな子なんだろう。瀬田川が惚れるような相手とは。
何となく思い浮かんだ疑問が、頭の中でふくれていく。同時に、腹の奥から不思議な感覚がわいてくる。それはずっと、狩谷が身体の奥にしまいこんでいる情動だ。
自分は女の子と付き合える。普通に欲情するし、普通に射精もできる。自分はいたってノーマルだ。そう言い聞かせて生きている。けれど心の裏側には、もうひとつの隠された思いがある。それは認めたくないもうひとりの自身で、狩谷はずっとそいつを、いない振りでやりすごしてきた。
だが瀬田川を前にすると、そいつが、『自分を認めろ』と訴えかけてくる。『俺はここにいる、早く自由にしてくれ』と暴れ出す。
狩谷は仕事中にもかかわらず、へその下の厄介な代物が自己主張をしはじめたのにうんざりした。
最初のコメントを投稿しよう!