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4話 過去の過ち
劉生との出会いは、5年前に遡る。
新卒教員の玲は、南野高校2年A組の副担任を任されていた。
その担当クラスに、劉生はいた。
今と違う神崎姓で。
神崎劉生は常に学年1位で教師からの評判高い生徒だったが、とにかく浮いていた。
玲の知る限り、親しい友人はいなかったように思う。
妙に大人びているというか、話しかけられたくない空気を出して周りと距離を取っていたので、クラスメイトも遠巻きに彼に接していた。
さらに芸能人にいそうな程の美しい顔が、彼の異質さ、近寄り難さを際立たせていた。
副担という立場からも、玲はそれほど積極的に生徒と関わることはしていなかった。
だがある出来事から、玲と劉生は深く関わるようになってしまう。
ある日の放課後、玲が教卓に忘れた資料を取りに教室に入ると机に伏せて眠る劉生がいた。
時間は部活も終わる頃で、窓の外は暗くなっている。
劉生は顔を横向きにした状態で眠っていて、あどけない寝顔が見える。
(綺麗…モデルさんみたい…)
玲は思わず魅入ってしまい、すぐにぶんぶんと顔を左右に振り声をかける。
「ちょっと、起きなさい。もう帰らないとだめよ」
肩に手を触れると、劉生はすぐさま起き上がり椅子から飛びのいた。
冷や汗をかいて、何かに怯えているような劉生の様子に玲は驚く。
「神崎くん…よね?もしかして具合が悪い?」
「誰」
覚えられていなかったことに些かショックを受けるが、副担なのだし仕方ないだろう。玲は名乗った。
「副担任の佐久間です。汗すごいわよ。お家の人に連絡しようか?」
「…しなくていい。帰ります」
劉生は足取り重く、教室から出て行った。
家庭で何かあるのかもしれない…と何となく感じた。
そう思ったら気になってしまい、教師としての使命感だろうか、玲は彼の動向を密かに見守るようになった。
それから何度か、教室や人気のない階段の踊り場で暇をつぶすように夜を待つ劉生を知った。
声をかけずにはいられなかったので、部活動が終わる20時までと忠告して無理に帰そうとはしなかった。
悩んだが大事になっても彼も嫌だろうと、担任には報告しなかった。
「ジュース飲む?」
19時。屋上に続く踊り場に座り込む劉生に、パックのりんごジュースを差し出した。
「……飲む。先生、もしかして暇なの?」
「失礼ね。めちゃくちゃ忙しいからこんな時間まで学校にいるんでしょうが」
「教師ってブラックだよね」
そんなたわいも無いやりとりをして、20時になると彼を見送った。お家で何かあったの?と聞いてもはぐらかされ続けたけど、だんだんと心を許してくれるような、人間に心を閉ざした野生の猫を手懐けるような感覚があって玲は嬉しかった。
「ねえ、なんで俺にこんな構うの?」
ある時ふいに劉生が聞いた。
「副担だから」
「副担ってここまでするんだ?」
「――しないかもね。担任にバレたら怒られるかも。だから早くあなたの色んなことが解決するといいんだけど」
「そっか。先生が、先生だから俺を構ってるでもいいよ。嬉しいから」
「っ……」
(その顔は反則でしょ…)
嬉しそうに頬を染める劉生をかわいいと思ってしまう。
恐らく劉生は家に居場所がない…というのは会話の中で感じ取っていた。
この時間だけでも辛いことから逃げられるといいのだけれど、そんなことを思いながら微笑み返す。
「ねえ、俺だけだよね?他の生徒にもこんなことしてるの?」
「まさか!神崎くんが何人もいたら大変だよ」
「じゃあ、俺は特別なんだ」
「本当はダメだから内緒ね。早く帰んなさい」
「うん」
別に玲は、金八先生を目指すような熱血教師では決してない。
大学の時にアルバイトでやっていた塾講師の延長で、教えるのって向いてるかも?というふわっとした感覚で就職先を教師に決めた。
生徒を更生させるとか、クラスを良くするとか、大それた目標を掲げていたわけではない。
だから一人の生徒に構いすぎるのは、良くないことはわかっていた。面倒なことは本来したくないタイプだ。
けれど劉生の時折見せる暗い目が、目を離したら闇に飛び込んでしまいそうな危うさが、玲を放っておけなくさせた。
そして事件は起こる。
その日は雨が降っていた。
放課後。大降りになりそうだなと思いながら玲が教室に入ると、いつものように一人で劉生がいた。
心ここにあらずといったどこを見るでもない視線で、様子がおかしい。
黒板の掃除をしながら、玲は話しかけた。
「何かあった?」
いつもと違った様子を感じ取って、傷口に触れるような、気遣った口調になっていたように思う。
「先生、俺もう先生だけでいい」
黒板を掃除する手を止めて玲は振り返った。
「どうしたの?急に」
劉生は席から立ち上がり、ゆっくり玲に近づく。
「ねえ、何があったの?話してみて」
真顔で近づく劉生に再度問いかけるが、劉生はなにも答えない。
何か、やばい――。
本能的に一歩下がると壇上から落ちそうになった。
よろめいた体を劉生に掴まれ、教卓の上に倒された。
その上から劉生が覆いかぶさるように圧しかかる。
「なっ…ちょっと!」
「先生は、先生だから俺に構うって言ってたけど…俺みたいな生徒がいたら、そいつのことも構うの?」
「何言ってるの、どいて」
劉生の腕に体を押さえつけられ、起き上がれないどころか身動きが取れない。
「俺は嫌だ。先生を俺だけのものにしたい。俺のこと見てよ。先生は、俺のことだけ――」
気づくと唇が重なっていた。
「なっ…やっやめて!」
ぎこちなく触れるキスに戸惑いながらも顔を逸らした。
けれど体を押さえつけられたまま無理やり正面を向かされ、再度唇が重なってくる。
(嘘、嘘…どうして?私、こんなつもりじゃ…!)
「やめて!お願い…!君とこんなことしたくない…!」
キスの合間になんとか言葉を発する。
劉生は聞く耳を持たないどころか、抵抗して開いた玲の口の中に舌を侵入させてきた。
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