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3話 キスと罠
玲と劉生は揃ってエレベーターを降りる。
52階のスイートルームが並ぶ階層は、大理石で出来た高級感のある廊下が広がっていた。
「ちょっと。この階で待ち伏せするのはいいけど、隠れる場所なんてないし怪しまれると思うんだけど」
「大丈夫、俺に考えがある」
そういうと、劉生は壁際に玲を追い詰めた。
「ちょっ…何してるの!」
「いいから、考えがあるって言ったでしょう?」
(でもこの体勢は…!)
まるで恋人同士のような距離感に慌ててしまうと、エレベーターのランプが光った。
扉が左右に開き、2人の男女が出てきた。
ターゲットの佐伯博則との工藤美保だった。
こちらに向かって歩いてくる。
まずい、怪しまれたら…!
そう思い玲が動き出そうとした瞬間、劉生の顔が間近に迫っていた。
「んんっ!?」
劉生の唇が、玲の唇に重なっている。
塞がれた口から、玲の驚きと戸惑いの声が漏れた。
「なっ…」
衝動的に突き放そうとするが、劉生は壁に手をつき押し付けるように体を密着させて玲を動けなくした。
すっかり体格のいい男の体になっていた劉生の体は、玲の力ではびくともしない。
睨みつけるが劉生は気にも留めず、ちらと目でターゲットを振り返った。
(”考えがある”って、そういうこと!?)
目でそうだよ、と微笑まれた。
たしかに、部屋に入るまで待てずにイチャイチャしている恋人同士がまさか自分たちを追いかける探偵だとは夢にも思わないだろう。
悔しいけれど仕事のためと言い聞かせ、それ以上暴れることなく劉生のキスに身を任せることにした。
「腕、体に回して?」
キスの合間に囁きかけられる。恋人同士のように振舞えということだろう。
がっしりした劉生の背中に腕を回すと、成長した男の体を、まざまざと感じさせられた。劉生の唇がまた玲の唇をとらえ、甘く食むようなキスを繰り返す。
ちゅっと啄む音が、廊下に響いた。恥ずかしくて体が熱くなってくる。
5年前、あの時も教室で、教卓の上でこうやって――
(何考えてるの、私…!!)
雑念を振り払うように早く終われと玲が切実に願っていると、どうやら作戦は成功したようだ。
「ふふっねえ見て、こんなとこですごい」
工藤美保がくすくすと笑いながら小声で佐伯に耳打ちした。
他人ともとれる距離を保っていた佐伯と美保だったが、劉生と玲のキスを目にしたからか、美保が佐伯に積極的に腕を絡ませた。
「こら、まだ廊下だぞ。やめないか」
「だーいじょうぶだって、カップルしかいないもん。ねえ、美保も部屋まで待てない…♡」
美保を窘めながらも、満更でもない様子で佐伯はデレデレと美保の腰を抱いた。
2人はそのまま密着しながら廊下を進み、一緒に部屋に入っていく。
玲は劉生の体越しにカメラを構え、一部始終を連射することに成功した。
「…終わった!も、もういいからっ…離れて」
「んー?」
玲の言葉を無視してキスを続けようとする劉生に思い切り頭突きを食らわせた。
「聞こえてるんでしょ!もういいんだってば!」
「いった…ひどいなあ。俺のおかげで成功したのに」
劉生は悪びれもせず、くすくす笑いながら体を離した。
「これで今日の仕事は終わり。協力してくれてありがとう…蒼馬くん。私はもう帰るから、それじゃ…」
「カメラ」
「は?」
別れの言葉を遮られ、足を止めてしまった。
「中身がちゃんと撮れてるかすぐ確認した方がいいんじゃない?」
「あ、ああ…」
そう言われてカメラのデータチェックをしようとしたが劉生の手に止められた。
「こんなところで見るとか、危険すぎる。誰かに見られたらどうするの」
「え?誰もいないじゃない」
「へえ、言い切っちゃうんだ?プロの探偵が呆れるね」
「なっ…!」
ムカつく…!と玲は言い返したかったが、探偵の仕事はアシスタントレベルなので、正直ちゃんと出来ているかはわからない。
「俺もこの階に部屋取ってるから、そこで見たら?」
「えっ?いや、大丈夫。ここを出てから確認するし、もうこれ以上は…」
――関わりたくない。
フリとは言え、キスをした後で次はホテルの部屋だなんて…危険すぎる気がする。
そんなことを思っていると劉生が揶揄うように笑った。
「怖いんだ?部屋に行ったら手を出されるかもって?自意識過剰なんじゃないですか、先生」
心の中を見透かしたような劉生の言葉にかあっと顔が真っ赤になる。
「プロなんだから、部屋で確認してから帰ったら?まあ怖いんなら、別にいいけど」
「怖くなんかないっ…写真撮れてなかったらまずいし、行く…」
売り言葉に買い言葉のような問答になってしまい
玲はそのまま劉生の後についていく羽目になってしまった。
そしてその行動を、後に激しく後悔することになる。
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