84人が本棚に入れています
本棚に追加
5話 攻防
キングサイズベッドの上で向き合った劉生を、玲はまっすぐに見つめた。
「あの時のこと、恨んでるんでしょ。だからこんなことするのよね」
「え?」
「あの時はごめんなさい。私も若くて…いい訳にならないとは思うけど、あなたの力になれなかったこと…今でも後悔してる」
劉生は何も言わずに玲を見下ろしている。
「でも誓約書の件もあるし、もうこれ以上は関わらないで欲しいの。もう私、間違えたくない」
きっぱり言い切ると、劉生は笑顔を返す。
「誓約書のことなら心配しないで、あれは無効にしたから」
「……えっ?」
「なんだ、そんなこと気にしてたの?それならもう大丈夫だよ。俺たちのことを邪魔する人間はもういないから」
玲を押さえつける腕に力がこもる。
「すぐに迎えに来れなくてごめんね、色々整えて先生のこと見つけ出すのに思ったより時間がかかっちゃったんだ」
「は…ハア⁉」
「でももうこれで、俺と先生は愛し合える」
背筋がぞくっとした。
劉生が何を言ってるのかさっぱりわからない。
私を見つけ出すって……ここで会ったのはもしかして偶然じゃなくて…?
「私のこと、恨んで…仕返しするんじゃないの?」
「ふっ何言ってるの先生。恨むどころか…」
劉生は玲の左手を唇に引き寄せて、薬指を強めに噛んだ。
「いっ…!っ…」
痛みの後にすぐ甘くくすぐる感覚が玲を襲う。劉生が噛んだ部分を美味しそうに舐めしゃぶっていた。目を細めて玲を見つめる視線は官能的で、突然の行動に混乱しながらも玲は真っ赤になって目を逸らせずにいた。
「…愛しちゃってるんだ。先生…♡」
「ひっ…」
薬指にクッキリ残った歯型はまるで指輪のようで、ぞわっと背筋からざわざわとした感覚が一気に駆け上る。
「やっぱり俺には先生しかいない。今日もう一度会って確信したんだ」
「い、い、言ってる意味がわからない。あれから5年も経ってるのよ?」
「関係ないよ。ずーっと好きだったんだから先生のこと。先生だって、俺を忘れたことなかったでしょう…?」
「それは…!」
トラウマ的な意味で忘れたくても忘れられなかったのよ!
そう言葉を発する前に、劉生の手が玲の耳元をくすぐる。
「ちょっ…!なに…」
身に着けていたイヤリング型のインカムを取られていた。
気づいた時にはもう遅く、腰元にあるトランシーバーに繋がった線を抜かれて、床にたたきつけられた。
「わあああ!何するのよ!」
(高いのに!壊したら直親に殺される…!)
「通信先の誰かに先生のやらしい声、聞かれたくないと思って」
(通信中って気づいてたの⁉)
「ていうか何、やらしい声って…」
「これからする俺と先生のセックス――先生の可愛い声は誰にも聞かれたくないからね」
「はあ⁉」
「もうちょっともっとジワジワ、かっこよく攻めて惚れなおしてもらう予定だったのに…先生が悪いよ。相変わらず可愛いんだもん」
劉生は玲の両腕を片手でひとまとめにし、もう片方の手でドレスのファスナーを器用に下ろしていく。
真っ赤になって玲は身をよじった。
「バカ!やめて!」
「なんで、5年も我慢してたんだよ?俺。ご褒美ちょうだい」
「知らない!私はそんなつもりないの!離してってば!」
「ヤダ、俺はしたい。あ……先生もしかして処女?」
はた、と劉生の手が止まる。玲の抵抗も止まる。
処女ではない…が、あの時以来彼氏を作る気持ちなどあったわけがなく。引きこもりからの仕事への没頭で5年以上そういうことはしてない。
玲は獲物を前に興奮する肉食獣を前に、一つの作戦を決行してみる。
「処女、だったら…止めてくれる?」
ちょっと演技過剰にウルウルと劉生を見上げてみる。
だいぶいい歳でこのぶりっ子は気持ち悪いかもしれないが、私のことが好きならこれで引いてくれ。頼む。
劉生は一瞬動きが固まったあと、恍惚とした笑みを浮かべる。
「やば…勃った。先生、俺を煽る天才だね」
興奮した息で、舌なめずりをする肉食獣。作戦は失敗…どころか敵をさらに興奮させてしまったらしい。
やばい、これはやばい…!
「ちょっと待って!嘘…!処女じゃない、ヤりまくり!むしろ彼氏いる!」
玲がその言葉を発した瞬間――
シン…と空気が静まりかえる。
「……どこの誰?」
「えーっとその、あの」
ついもごもごと口ごもる玲を見て劉生は不敵に口角をあげる。
「先生の最後の彼氏って、大学の時にサークルで一緒だった男だよね?」
「……なんで知って」
「教師を辞めてから2年実家に引きこもってて、そのあと幼馴染”佐々木直親”が経営する『佐々木探偵事務所』に就職。引きこもりの間は家族以外の誰とも接触してなくて、仕事を始めてからは毎日仕事で忙しくて男作る暇なんてなかったはずだよね?」
退職後の玲の経歴をつらつらと述べられて唖然とする。
なぜ知ってるの?頭が追い付かない。
「先生のことは全部知ってる。前の彼氏とシてたら処女じゃないんだろうなってのは何となく察してたけど、この5年誰ともセックスしてないはずだよね?…もし俺の知らないところで先生に男ができてたんなら、ショックだなあ」
口角は上がっているが目は少しも笑っていない。
劉生の静かな怒りを感じ、自分のことを何もかも見透かされてることにも恐怖を覚えるが、本能的に”引いたら喰われる”と感じ玲はなんとか虚勢を張る。
「い、いるかもしれないじゃない…。そんなの私にしかわからないでしょ」
「………」
「だからもう…」
「どんな手を使っても別れさせる」
「は?」
「先生に本当に男がいるんなら、ますます帰したくない。絶対に俺の方がいい男だし。必ず別れさせる。俺を選ばないなんて絶対に許さない」
(やばい、目が据わってる)
玲の作戦は立て続けに逆効果だった。
無言で劉生は玲の首筋に噛みつき、きつく吸い、舐め上げた。
「っ…!」
玲はピリッとした痛みに顔を歪ませた。鬱血痕が色濃く残っているだろうことは、鏡を見なくてもわかる。劉生の唇は次に痕を残す場所を探るように鎖骨のあたりに移動する。
玲の体が意思とは関係なく、びくんと反応する。
「ちょっと何を…!」
「全身俺の痕でいっぱいになったところを、その男に見せつけよう。そしたら嫌でもわかるでしょ?先生が俺のものだって…」
「っ……!!!!」
まったく会話が通じない劉生に、プツーンと玲の中で何かがキレる音がした。
最初のコメントを投稿しよう!