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Phrase:7.5「ディーヴァたち」
アヴェンシア惑星帯
第1惑星【パーシヴァル】
独立組織「DIVA」本部/ドック
スカーレットカラーのセイレーンが初任務を終え本部に帰投した。
飛行形態に戻った赤いセイレーンのコックピットから1人の少年が項垂れて降りてくる。
年齢的には中学生くらいか。
まだ子供と言っても差し障りない。
金髪碧眼のあどけない容姿をした美少年は酷くショックを受けている様で顔色が優れない。
「………」
悔しそうに両の拳を握り締め、激情に任せ力一杯格納庫の壁を殴った。
痛みが拳に伝わるとそのまま血が滲むほど強く唇を噛む。
ほどなくして轟音を響かせて漆黒のセイレーンも帰投した。
エンジンが生み出す唸りもそのままに専用レーンへと格納されると全てが黒に塗りつぶされた夜を思わせる機体のコックピットが開き、そこから1人の青年が降りてくる。
漆黒のヘルメットを無造作に外すと、そこから艶のある黒髪がこぼれた。
白皙の面に漆黒と紺碧のオッドアイが映える王子様然とした美貌の青年。
だが、その身体から発せられる怒りのオーラは腹を空かせた肉食動物のそれで酷く恐ろしかった。
ジュリアス・シェイド。
セイレーン乗りの中でも屈指の能力を誇るエースパイロットだ。
赤いセイレーンのパイロットは自身の無力さへの反省もそこそこに、この恐ろしい先輩へ先程助けて貰ったお礼を言わなければと顔をあげた。が、それよりも早く降りてきたジュリアスがヅカヅカとそちらに歩み寄り、乱暴にその胸倉を掴み上げた。
「てめえ!あれは何のつもりだ!?」
「す、すみませんっ、ジュリアス先輩!」
お礼を飲み込み咄嗟に謝罪したものの、漆黒のセイレーンに乗っていた先輩ディーヴァ、ジュリアスの怒りは収まらない。
「ふざけんなよ、このクソガキっ!てめえの所為で俺の“シュバルツ・へクセ”の装甲がイッちまったじゃねえか!!」
赤いセイレーンを操縦していた少年ディーヴァ、リアム・コルドンは壁に叩き付けられる。
「いづっ!?……す、すみません!」
「すみませんじゃねえ!謝って済むと思ってんのか!昨日換装したばっかなんだぞ、どうしてくれんだよ、ああ!?」
怒り収まらぬ様子のジュリアスが胸倉を掴んだまま自分よりも小柄なリアムを持ち上げると、彼は首を締められたようで息苦しさにもがきながら涙目になる。
「ごめんな、さ……」
「だから、謝って済む問題じゃねえ!こちとら、てめえらボンカス共と違って換装にもこだわりってもんがあんだよ!」
「ジュリアス先輩、く、くるし……!」
「知るか!このクソガキ!!」
ギリギリと喉元を締め付けながらジュリアスは吠える。
「大体何でこの俺が、てめえみてえなガキのお守りしなきゃなんねえんだ!俺はジュリアス・シェイド。DIVAのエースパイロットなんだぞ!?」
「せ、先輩……っ」
「初戦闘の癖に初っ端なから近接しやがって!研修で何習った!?養成所では大型ガプターとやり合う時は『まず接近しろ』って教えてたのか!?もしそう教わったなら教官は誰だ、ぶっ殺してやる!!」
「い、いえ……ま、まずは、遠距離攻撃で、装甲を削れと、養成所では……」
「なら何でいきなりヒートブレードで特攻した!」
「と、得意武器、だったので……」
「ざけんな!!死にてえのか、このクソガキがっ!!」
ジュリアスは怒鳴り散らしながら華奢なリアムを投げ捨てる。
ゴホゴホと咳き込むリアムを見下す様に睥睨すると彼は舌打ちし、厳しい言葉を投げかけた。
「初陣で死ぬつもりか!?ディーヴァの数が少ねえのは知ってんだろ!てめえみてえなカスでも、ディーヴァはディーヴァなんだよ!」
「す、すみません……」
「くそ、腹立たしい!甘ちゃんばっか増えやがる!クソみてえな新人ばっかだ!何で俺が面倒見なきゃならねえんだ!?甘えんのも大概にしろ!!」
「……っ」
余りの剣幕に最早謝る事すら出来ない。
リアムが俯いて震えていると、不意に優しげな女性の声がした。
「それくらいにしてあげたら?」
「シーナ」
その声を聞いた瞬間、ジュリアスの怒りのボルテージが目に見えて下がる。
毒気を抜かれたのか、彼女の放ったたった一言で今しがたの怒りが嘘の様に落ち着いた。
「なんだよ、帰ってたのか」
「ええ、さっきね」
「怪我は?」
「ないわ。誰だと思ってるの?」
「だよな、わりぃ。流石、“水の妖精”のシーナ・シーン」
「おだてても何にも出ないわよ、“流星王子”ジュリアス・シェイド」
「うっせ、王子はやめろ。ったく、おだてて何も出ねえぞ?」
「知ってます」
シーナ・シーンと呼ばれた薔薇色の髪の少女はクスクスと笑うと呆然と座り込むリアムの傍に両膝をつき、その顔を覗き込んだ。
「ごめんなさいね、ジュリアスってば口が悪いから」
「い、いえ」
「でもね、彼が怒ったのも当然よ。大型ガプターは小さな個体と違って固有の特殊技を持っていて、それは貴方の命だけでなく、沢山の人を殺してしまえるほどの脅威だわ」
「はい」
「今回の事もそう。下手をすれば沢山の人々が犠牲になっていたかも知れない。だから、ジュリアスは大事な大事な“シュバルツ・へクセ”を盾にしたのね、きっと。貴方たちを守る為に」
「おい」
微笑みながらシーナが説明するとジュリアスは苦い顔をして言った。
「そんなんじゃねえよ。あー……今回、俺はこのクソガキのお守りをしくちゃならなくてだな」
「はいはい、分かってます」
「いーや、分かってねえ。お前の言い方だと俺が下層民とこのクソガキを守ったみてえじゃねえか。俺は別に守るつもりなんざなかった。ただ、その、あれだ……義務っつーか、なんつーか」
「はいはい、そうよね。貴方にとっては下層民も後輩もどうでもいいんだものね。で、そんな「どうでもいい」の為に、大事な大事なシュバルツ・へクセのおニュー装甲を溶かしたのよね。折角、自費換装したのに」
「うるせえ!妙なとこ突っつくな!だー、くそ、気分悪い。やってやれるかよ!」
乱暴に頭を掻くとジュリアスはサッと踵を返した。
「あら、どこ行くの?」
「先に宿舎帰る」
「あらそう。ほんと、素直じゃないんだから。恥ずかしがり屋さんねー」
「うっせ!!」
バツが悪そうに悪態をつくと、ジュリアスは後輩とシーナにチラリと鋭い視線を投げかけ
「疲れた、帰る。おいシーナ、お前も戻ったばっかだろ、少し休め。クソガキ、てめえもだ」
「え、あ、はい!」
「あら、ありがと。でもあたしは報告書書いてからにするわ」
「真面目か」
「ジュリアスほどじゃないわよ」
「嫌味かよ」
苦笑混じりにそう言って肩を竦めるとジュリアスは宿舎へ向かい足早に歩いていった。
先程とは全く違うどこか穏やかにも見える様子にリアムが驚いていると
「じゃ、あたしも行くわね。リアム、あんまり気を落とさないでね」
ポンと後輩の肩を叩き、赤毛の女性ディーヴァも去っていく。それを見て、リアム・コルドンは首を傾げた。
誰にでも威圧的で苛烈な漆黒のセイレーン乗りが、何故青いセイレーンに乗るあの少女にだけは押し負けるのかと。すると2人と付き合いの長い整備士の1人が笑いながら教えてくれた。
「シーナはジュリアスにとって特別な、お姫様みたいなもんだから」と。
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