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Phrase:8「寄り道」
初日(実質2日目)、理系科目は結構良さげな感じだった。
全部解けたかと言われれば量が尋常じゃないから不可能だったけれど、苦手な証明問題とかはガンツッパし得意分野を埋め、手応えはそれなり。
2日目の文系は技術関係が関わる項目以外は全滅だろうけど、まあ、あたしにしては解答欄は埋めた方だと思う。
こっちは端から捨ててる日なんで、テキトーに書いて終了時間まで時間を潰すため寝てた。
3日目、筆記試験最終日は一般常識と時事問題。
簡単な宇宙情勢とか最近改定されたばかりの法案とか、ニュースでやってる事件・事故とは何となく分かったけれど、遠方星系の法体系とか小民族の文化とかはさっぱり。
これが一般常識な訳あるか!と内心で作った人を罵倒しつつ、分かるとこだけ埋めて残りは放棄。分かるところも今回の試験はオール記述式なので、解答には文章力を必要とされる面もあり、減点は山のようにあると思われる。
で、最終日4日目(実質5日目だけど)。
実は今日が一番の難所日だったりする。
中央競技場、第2プール。
そこで試験用の競泳水着に身を包み、あたしは鬱々と肩を落とす。
「遂にやって来た……プール、水泳……」
「大丈夫?ミュシャ、顔色悪いよ?」
「だって」
そりゃ顔色も悪くなろうさ。
あたしは自慢じゃないが、驚くべきカナヅチなのだ。
「沈む、絶対沈む。溺れる、死ぬ」
ブツブツと呟きながら恐怖と戦っていると、レニーはニコニコと笑いながら、とんでもない事を言い出した。
「泳げないなら歩けばいいんだよ」
「はあ!?水泳試験で水中歩行をしろと!?」
「全く浮かないなら逆にそっちで攻めるのもアリだと思うんだよね」
「や、ない。フツーにない」
「そうかな?」
「うん」
「そっか。いいと思ったんだけどなー」
「いいわけあるか!」
何言ってんのかね、この子は。
有り得ないから。
「こんなの晒し者じゃんか」
「棄権すると水泳の判定なしになるから後がキツイよ?ビート板借りてでもいいから最低25mは泳がないと」
「レニー、知ってるでしょ?あたしは凄腕のカナヅチなの!」
ビート板使って25m?
無理、絶対無理だから。寧ろビート板の方が愛想尽かしてあたしをこの広大な塩素水の海に捨てて行く。
すぽーんと、どっか飛んで行くのだ。
「あたしは知っている。奴らがあたしを殺そうとしているのを。今迄何度そうされて来た事か」
「無駄にキメ顔して変なモノローグしないの。それ完全に被害妄想だから」
「事実だし!!」
「はいはい、そうね。事実ねー。あ、ミュシャ、受験生は集合だって」
「え!?いや、ちょっと待って!まだ心の準備がっ!」
「はーいはいはい。準備体操して心の準備しようねー」
「む、無理ぃぃぃいっ!」
腕を捕まれズルズルと引き摺られ、あたしはこの世で最も忌避する地獄へと向かったのだった。
そして数時間後。
全ての気力、体力、時の運を使い果たし、ぐったりしたあたしはレニーに肩を借りながら夕暮れ色の街を疲労困憊で歩いていた。
ほんとぐったり。
オレンジ色のホロが投影されたセントラル。
中央競技場前からモノレールに乗り、最寄り駅で降りたあたしたちは、何となく通学路をなぞる様に歩いた。
そう言えばこの道をレニーと歩くの久しぶりだなぁ、なんて思いながら。
脳裏には学校に行っていた時期の光景が蘇る。
つい最近の事なのに、なんだか凄く懐かしい。
「お疲れ様」
「うん……マジ疲れた」
「えらいえらい」
レニーは綺麗に微笑むとあたしの頭を軽く撫でる。まるで頑張った子供を褒めるように。
あたし、同い年なんだけどな。
けどなんかこうした事も久々なので嫌な感じはしない。
結局、あたしは25mも泳げなかった。
予想通り、ビート板のやつがあたしを見捨てたからだ。
レニーが笑う。
「ほんと器用だよねー、ミュシャは」
「うっさい。ビート板が悪いの」
「無機物に当たるんじゃありません。でも良かったじゃん。溺れなくて」
「……うん」
確かに溺れてはなかったよ、沈んだだけで。
「冗談で言ったのにホントにプールの底歩くんだもん。5mだけど。逆に凄いわ。みんな唖然としてたよ?」
「ほっといて!あー、黒歴史更新しちゃったぁ……」
試験監督や他の学生たちもいる前でプールの底を歩く人間なんて宇宙広しと言えど、あたしくらいなものだろう。
でも何がなんでも歩かなきゃならなかった。
パイロットになりたいとかじゃないけど、これは実質、職業適性試験の様なものなのだ。
ここでの成績が、あたしの今後を左右する。
知識を詰め込むには限界があるけれど、運動はある意味、気合いと根性。
泳げなくても水中を歩いて見せたあたしは一応、参加賞のF判定くらいは貰えるはず。
「いいんだ、泳げなくても死ぬ訳じゃないし」
「ま、そだね」
そこから暫し無言で帰り道を歩く。
ゆらゆらと蜃気楼の様に揺れる空を見上げながら。
1年前のように。
不意にレニーが言った。
「ね、ミュシャ」
「何?」
「ちょっと寄り道しない?」
「寄り道?」
「うん」
誘われたのも1年振り。
当たり前だ。だってあたしがこの道を、この時間に歩くのは随分と久しぶりなのだから。
「あそこ行こうよ」
「あそこ?」
「帰り道、良く行ってたじゃない」
「ああ……」
言われて記憶を辿る。
そう言えば前は良く帰りに寄ってた場所があったっけ。
「いいよ、行こっか」
「うん!」
あたしが頷くとレニーは嬉しそうに頷いて通学路を逸れて、記念広場の方へと歩き出した。
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