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Phrase:8.5「庁舎にて」
セントラル講堂で試験が始まった丁度その頃ーー職技連合のヴォルトノット・セントラル本部に1人のディーヴァが訪れていた。
ジュリアス・シェイド。
全宇宙でも最強と渾名されるセイレーン乗りにして最高のディーヴァ。
その彼に新型セイレーンのキャンペーンをやって欲しいと打診し、DIVAから了承を得たのはつい先日の事だ。
これからCMや起動実験動画を作成し、スポンサーやパイロット希望者を募らねばならない。その為に彼はアヴェンシア職技連合ヴォルトノット・セントラル庁舎に招かれた。
だが彼の機嫌は芳しくない。
市長の執務室に客人として招かれた彼は鋭利なナイフを思わせる瞳を窓の外に向けると低い声で呟く。
「パイロット適正試験ねぇ。良くもまあ、うちの連中もくだらねえ事ばっか考えるもんだ」
自らの組織を全否定する様な言葉に、対面した市長は顔を引き攣らせた。一方でジュリアスはマイペースにすらりとした長い足を組み換え、出されたコーヒーを口に運ぶ。
短く刈った黒髪に漆黒紺碧のオッドアイ。
均整の取れた長身痩躯からは市長すら萎縮させるほどのオーラを放ち、市長室で我が物顔に寛いでいる。
市長は懐からハンカチを取り出し、そっと額の汗を拭う。
これが全宇宙最高のディーヴァが放つ存在感なのか、と。
彼は職技連合同様、中立の立場を貫くガプター殲滅機関【DIVA】に所属する人類の切り札そのもの。だが、自分の息子ほどにも年の離れた少年だと言うのに向き合うだけでここまでプレッシャーが掛かるとは思わなかった。
「新型デュアライズ・システム搭載機か。なんだってそんなもんの作成を許可したんだ」
「そ、それは、ディーヴァの皆さんにより聖唱に集中して頂こうと」
「くだらねえ」
ジュリアスは吐き捨てた。そして抜きみの太刀の如き眼差しを市長に向ける。
「俺たちをただの動力だと思ってるのか?ふざけんなよ。ガプターの行動には“音”がある。それをディーヴァでもない奴が聞き取れるもんか」
「音、ですか」
「ああ。俺たちディーヴァだけが聞こえる音。予兆だ。だから俺たちのみがディーヴァ足り得、俺たちだけが戦える」
ガプターの“羽音”という特殊な音。
それを聞き取る事が出来るのもディーヴァの特徴の1つだった。尤も、最近は随分と耳が劣化していてもディーヴァに選出される歌姫候補が増えている。
ディーヴァの数がガプターに対して圧倒的に足りないからだ。だから先日の新米のように役立たずがディーヴァとして採用される。
「しかし、ミスター・シェイド」
「どうせ中央議連とうちの財務部が結託して、増やしたディーヴァを材料に帝国や連邦との交渉を優位に持ち込もうとしてんだろ。ふざけんのも大概にしろ」
怒りと軽蔑を滲ませジュリアスが言うと市長は何も言えず俯いた。
「てめえらの思惑なんぞ知った事か。俺は“シュバルツ・へクセ”をダウングレードさせるつもりはねえぞ」
「ダウングレードではなく、新型の導入です。現行機体のアップグレードはその経過を見てからで」
「バカバカしい。要は新型に俺たちを乗せて、良さげなら現行機もコックピットを積み替えるって事だろうが」
「ガプター対策ですよ、ミスター・シェイド。近年、ガプターの襲撃が増えているのは貴方もご存知でしょう。ディーヴァの数を、セイレーンの導入数を増やすのは急務です。例え多少実力に不安があるとしても、力を合わせれば有効な戦力として期待出来るのではありませんか?」
「知るか。増やしたきゃ勝手に増やして勝手に乗せろ。新型だろうが何だろうが俺には関係ねえ。だが……“シュバルツ・へクセ”にだけは手を出すな。上のアホどもが何と言おうと、俺は大事な相棒を他人に任せたりしねえ。自分の命もな」
ただの動力扱いなど御免だ。
確かに歌唱しながらの戦闘は手間ではあるが、慣れればどうという事はない。
寧ろ他人の操るセイレーンに乗る方が余程恐ろしい。
信用も信頼も出来ない他人に命を預けるなど真っ平だ。
いくらセイレーンの機体開発や作成、メンテナンスを行っているのが連合の技術者たちでも、それがそのまま優れたパイロットになると思っているのならお目出度いにも程がある。
戦いとはそんな生易しいものではない。
「雑魚を幾ら増やした所でガプターには勝てない」
カチャリとカップを置き、ジュリアスは立ち上がった。
「戦い方も知らねえ技術屋にパイロットなんざ務まるもんか。適性試験なんざ時間と経費の無駄だ。やめちまえ」
呆れと怒りを滲ませて、ジュリアスは席を立つとそのまま扉の方へと歩き出す。
「ミスター・シェイド」
市長は汗を拭きつつ、それでも立ち去ろうとする彼に語り掛けた。
「貴方が何と言おうと、これは既に中央議連で決議された事です。ですが御安心下さい。“シュバルツ・へクセ”を含めた主要5機のデュアライズ化は、先に試験運用する新型機体“ハルピュイア”の経過を観察してからになりますので」
「何がご安心だ。このクソ野郎!!」
「っ!」
市長の言葉にジュリアスが激昂した。
ドンッと激しくドアを叩くとギロリと睨み付ける。
「もう1度言うぞ。“シュバルツ・へクセ”にだけは手を出すな」
「し、しかし」
「くどい……客寄せパンダにはなってやる。DIVAの決定だからな。だが、俺にパイロットは必要ねえ」
「ミスター・シェイド……」
「せいぜい俺の名を利用してパイロットとやらを掻き集めろ。新型に乗せるのもそっちの好きにするといい。だが、俺の相棒にだけは触るなと議連の連中に伝えとけ」
早口にそう捲し立てるとジュリアスは憎しみにも似た強い感情を声に乗せて放った。
「“黒魔女”に手を出したら……」
ギリッと奥歯を噛み締め、絞り出す様な低い声で威圧した。
「俺は、セイレーンを降りる」
言い捨てると市長の返答も聞かずに外に出て、乱暴に扉を閉めた。
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