Phrase:2「ガプター」

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Phrase:2「ガプター」

ガプター。 いつの頃からか人類の住む惑星やコロニーに侵攻する様になったそれは、見た目はクワガタと蜘蛛を併せた様な姿をしていて非常に気色悪く、そして阿呆みたいに強い。 通常火器では歯が立たない強固な装甲を有し(実際の所、装甲の硬さはピンキリみたいだけど)、宇宙空間は勿論の事、空中、水中でも活動可能で大型個体が1ダースもいれば小さなコロニーなど簡単に破壊してしまうほどの戦闘力を持っている。 小型と呼ばれるもので体長3m級。 中型が5m級。大型になると10mを超える個体もあり、連中はコロニーの隔壁を強酸性の粘液で溶かし、鋭い牙で食い破りながら侵入して来る。 雑食性なのか木材を齧る事もあれば肉……人や動物を食べてしまう事もある。 食欲旺盛で自分の身体の何十倍もの量を胃袋に収めてしまうから恐ろしい。 奴らは何の前触れもなくいきなり宇宙から飛んで来て人々を襲う。 異星種ってのが正しいんだろうけど、今のところアレとコミュニケーションとった人はいないらしい。 そもそも言葉が通じないしね。 近付いたら100%喰われると思う。 だから何で襲ってくるのかとか、普段どこでどう生活してんのかとはかは全くの謎。 (ネスト)として使うのは他種族の星が主で、偶に廃棄コロニーや漂流惑星、小隕石帯とかにも巣食っている事があるらしく、惑星間を航行する船にとっては絶大な脅威である。 商業船団とかは高いお金を払って武装したり、ガプター専門の武装船団を雇用する事もあるくらいで、聞く所によるとそうした傭兵船団はぼろ儲けなんだそうだ。 命懸けの金儲けってとこかな。 ヴォルトノットにも武装船団のクルーが買い出しに来るけれど、皆屈強な戦士そのもので気性もかなり荒い。 揉め事を起こすのも日常茶飯なので他の業種には歓迎されないが、うちみたいに兵器や機器を扱うコロニーには大口のお客様なので、迷惑行為があってもなあなあで済まされる事が多い。 ガプターがいなくなれば、ああいう荒くれ者も少しは大人しくなると思うんだけど。 あたしは間近で見た事はないけれど2年前、中型ガプターがヴォルトノットにも襲来した。 あたしたちの住むセルトラルから離れたイースト・エリアの端の隔壁が破られ侵入されたのだが、その時はたまたまうちの近所に機体整備に立ち寄っていたセイレーン1機があったため緊急出撃し、大した被害もなく済んだ。 ドッグから飛び立つ真っ白なセイレーンの機体を見て、その時はレニーと2人で大はしゃぎしたけれど、じーちゃんに「不謹慎だ」って、こっぴどくどやされたっけ。 その日の夜。 死者はなかったものの負傷者が数名出たと流れたのをニュースで見た。 被災者の家族のコメントが出た時、完全に他人事でセイレーンを見て浮かれた自分が恥ずかしくて、ちょっと反省した記憶もある。 ガプターか。 ほんと、あいつらなんなんだろ。 連中には帝国も連邦も、その他の文明も関係なく、手当り次第に攻撃して来る。 最近は昔に比べ襲ってくる頻度は減っているらしいんだけど、それでもニュースをつければ番組の何処かで「ガプター被害情報」が語られるほどにはアヴェンシアのどこかで日々被害が出ている。 いきなりやって来る災害みたいなもの。 とにかくビューンと飛んで来てギシャーッ、ドカーン!が奴らのセオリーだ。 謎の多い生物だが昆虫にしては賢く、大きなダメージを負うと逃げて行く事もあり、更にはある程度の仲間意識もあるのか、逃がすと群れで大挙して押し寄せてくる事もあるので見付けたら常駐軍や警備会社のクルーたちが必死になって討伐する。 その時は超火力の重火器がバンバン使用されるので市街地へのダメージも深刻だ。 ただこのガプターは音韻石が生み出す特殊な波長にだけは弱いらしく、それ故に現在、ガプターへの有効な攻撃手段をもつDIVAのセイレーンは全銀河で重用されてるってワケ。 え? 何でそんなに詳しいのかって? それは、あたしがヴォルトノットの技術者だから! セイレーンの機体の殆どはヴォルトノットで作成され、あたしの家は代々そのヴォルトノットで整備士の仕事をしている。 その関係で人よりはセイレーンの構造とかには詳しいと自負してる。 機密事項もあるから口には出さないけど。 若い身空で牢屋にぶち込まれたくはないもんね。 あたしが色々知ったのは、唯一の身内だったじーちゃんがおとぎ話の代わりに聞かせてくれたから。 夜寝る前。 絵本を読む代わりにやれ、既存戦艦の推進装置がどうの、原子力エネルギーの換算率がああだのと……子供には全くもって理解不能な知識を盛大に叩き込んでくれた。 お陰で何となく意味を理解する中学生くらいまでは毎晩魘されてたくらいだよ。 「子供に工具ばっか与えるんだもんなぁ。仕事道具だろっての」 そう言いつつも、あたしはいつもの癖で腰に下げた工具束に触れる。 鍵束のような六角レンチセットとコンビレンチ。色々あって何個か折れたり削れたり、無くしたりしたものもあるけれど触るとひんやりしてて、心地の良い金属音がする。 じーちゃんに貰った工具たち。 それは、今でもこうしてあたしの宝物だ。 ありがと、じーちゃん。 涙出るほど楽しい子供時代だったわ。 マジで。 そんな破天荒なじーちゃんは若い頃、セイレーンの整備士をした経験もあるらしく、あたしを引き取って引退した後もちょくちょくDIVAや他の組織からも後輩整備士たちが尋ねて来ていた。その時の記憶は幼いながらも何となく覚えている。 因みにヴォルトノットが誇る「砂の壁」もじーちゃん作。 しかもそれすら依頼されて作ったという訳ではなく、たまたま外宇宙に捨てていたスモッグを目にして「捨てるには勿体無い。リサイクルだ」と言い出し、当時のヴォルトノット市長が旧知の仲であった為ゴリ押しして砂の壁として転用するシステムを作り上げたと言うのだから、ほんと変人だと思う。 偉大なる祖父ではあるんだけれど、あたしにしてみれば、ただの技術オタクの偏屈じーちゃんだったかな。 そんなじーちゃんも去年亡くなり、天涯孤独となったあたしは、じーちゃんが老後の趣味でやっていたジャンク屋を継いだ。 親はどうしたのかって? えーと、あたしの両親はあたしが2歳の頃に他界したらしくって、あたし自身は全くもって記憶にないんだよねー。 薄情者と言うなかれ。 だって仕方ないじゃん。 覚えてないんだもん。 今だって写真が1枚残ってるから辛うじて顔は分かるものの、音声とか画像データはないし。 じーちゃんが捨てちゃったんだってさ。 良く分からないけど、仲は良くなかったのかなー、なんて思う。だから、自分の両親がどんな人たちだったのか知らないし…… ぶっちゃけると、どうでもいい。 あたしにはじーちゃんがいて、じーちゃんだけがあたしの家族だった。 それでいい。 それだけで充分だ。 で、ぼんやりと考え込んでいるとレニーが両手をパタパタ動かしながら言った。
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