Phrase:4「機械オタク」

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Phrase:4「機械オタク」

「え、じゃあレニー、適正試験受けるの?」 「あったりまえじゃん」 何を今更を、とレニーが肩を竦める。 まあ確かに期末考査の代わりだし。 当然と言えば当然か。 それで無くとも適正試験だけはヴォルトノットに限らず、アヴェンシアの職技連合全体で募集が掛かるから、将来の進路が決まってない学生が今後の参考に受けたがる気持ちは分かる。 アヴェンシアでは4歳まで幼稚園、5歳から6年制の小学校に通い、3年制中学までが義務教育とされていて、そこから希望した子が目指す専門に別れて2年制~4年制の高校に通うのが一般的。 18歳で成人扱いとなる為、大学に通う人間はあたしたちの住むセントラル地区でも4割程度。高校を卒業したら職業適正試験(Vocational Aptitude Test)通称:《V.A.T(バット)》を受けて働く子が圧倒的に多い。 職業適正試験とは自分の能力を同世代の就職希望者と比較する能力判断テストの事で、アヴェンシアに限らず大抵はどの惑星組織でも行われている。 そこでの成績次第で知的労働者階級(ホワイトカラー)になるか、はたまた肉体労働者階級(ブルーカラー)になるかが決まるから家業を継ぐ選択肢以外を求める学生たちは必死だ。 一昔前までは職技連合の子供たちの大半は親の仕事を継ぐのが当たり前だったんだけど、最近は帝国や連邦とかと積極的に交流しているので就職先が沢山あって、優秀なら下手に家業を継ぐよりも他の惑星に行った方が裕福な暮らしを手に入れる事が出来る。 ヴォルトノットではそれが社会問題として取り上げられてはいるんだけど……当事者にしてみれば、「より高い給与と最良の待遇。より良い暮らしを求めるのは当然だから、今後、若い技術者の流出は止められないんじゃないか」ってのがじーちゃんの見解だった。 ま、あたしは家業を継いだけどさ。 何しろ勉強嫌いなもんで。 わざわざ好き好んで倍率高い就職先を目指すだなんて御免こうむる。 しかもこの適正試験……タダなら、あたしみたいな及び腰学生も受けるんだろうけれど、基本有料だし。しかも値段も司法系国家資格の受験料くらいかかるので安くはない。 貧しい家に生まれた子供でも全員、所属組織に臨時貸付金という名の借金をしてでも受けなければならない。 臨時貸付金に利息はないけど低所得だと月の半分近くの金額がこのテストで消える。 いっそ無償にして欲しい所だけれど各家庭で所得に差があるのが当たり前となった今日、それも難しい。 稼ぐ人から税金以外の区分で取りまくると不満が出るので、建前として「全員平等」にするのがアヴェンシアのモットーである。 良く言えば平等、悪く言えば冷淡なんだよね。あたしは低所得者区分なので、稼いでる連中は払えや!って思うけど、稼ぐ人は稼ぐ人で必要経費も多いから何とも言えない。 話しが逸れたけど……そんな普通の職業適性試験に対して今回開催されるパイロット適正試験はタダらしい。 渡されたプリントによると全費用をDIVAが負担すると記載があった。 しかも驚くべき事にその成績は期末考査や職業適正試験にも反映されるのだそうだ。 仮に受かれば即日高給取りの英雄職見習い。 ただし、受かった後は養成機関に放り込まれ勉強&試験三昧な地獄の日々確定。そこで落ちれば即落第。容赦なく実家に返されるらしいから、パイロットの適正試験にだけ受かっても意味がない。 どうしよっかなぁー あたしはポリポリと頬を掻いた。 ぶっちゃけると受けたくない。 でもプリントを貰ってしまったからには義務が生じる。 うんうんと悩んでいると不意に何か思い付いたらしい親友が問いかけた。 「ねえ、ミュシャ。そもそも新型タンデム機って何?」 「え、嘘。知らない?」 「知らなーい」 「まじかー」 レニーが首を傾げたので、あたしは一旦自分が受験するかどうかは別にして、新型機体について軽く説明する事にした。 好きなんだよね、機械系の話し。 するのも聞くのも好き。 「えっと、タンデムってのは2ケツ。つまり二人乗りの事なんだけど」 「それは知ってる。でもさ、何で今更タンデムなの?今はソロ機体が主流のはずでしょ?」 「んー、色々理由はあるみたいなんだけど。あ、これ個人の見解ね?」 「OK、聞かせて」 「うん。あのさ、現行のセイレーンがディーヴァ単体で動かせるソロ機が主体ってのはレニーも知ってるよね」 「うん」 店先のドラム缶に座りながら話し始めるとレニーも向かいにちょこんと座り、まるで講義を受ける学生の様な素直さで頷いた。 あたしは小さく頷くと続ける。 「ただ、歌姫はセイレーンを動かす為に歌わなきゃならないでしょ?」 「そんなの当たり前じゃん。歌姫が歌わなきゃセイレーンは動かないんだから」 「うん、そう。けどさ歌いながら機体を操縦するのって難しくない?」 「あー」 そこで気が付いた様にレニーが手を打った。 「だから歌姫が歌唱に専念出来る様に、今度の新型はセイレーン初期の頃に実装してたタンデム機に戻したんだって。正確にはデュアライズ・システムって言うらしいんだけど」 「ふうん。今でも旧式タンデムが何機かあるってのは知ってたけど……昔は全部タンデム機だったの?」 「らしいよ?じーちゃんが言ってたもん。『撃墜王ティーゲルが未だに最多撃墜記録を保持しているのは、当時の機体がタンデムだったからだ』って。同乗パイロットだったグエンティン・パターソンの操縦手腕が良かったからなんじゃないかって」 「え、パターソン?誰それ」 「おい。ヴォルトノットの技術者だよ、パターソンは。有名じゃん」 「知らなーい」 「そこ知っとけよ!!」 思わず語気を荒らげてビシッとツッコミ。 グエンティン・パターソンはセイレーンに搭載されてる歌操兵器ソニック・ランチャーの開発者だ。 今から約80年前。 ヴォルトノットの技術屋だったパターソンは、当時トリスタンのコロニーで起きたガプターの大量発生「カタロニア災害」に於いて、同乗パイロットを失ったディーヴァ・ティーゲルの機体整備を担当。 その際、ティーゲルにその技術を買われて養成機関でのカリキュラムをすっ飛ばし、後任になったパイロットとしてはかなり異色の経歴を持つ人物である。 軽く「そういう人だよ」と説明するとレニーは目をぱちぱちさせ 「へー、知らなかった」 「知らなかった、じゃない。ヴォルトノットの英雄だよ」 「うーん……あのね、うち、お父さんがティーゲルの大ファンで…メモリアル・ライブデータ全部あるの。でね、子供の頃からティータイム=ティーゲル・タイムだったから、アレンディス・ティーゲルは知ってるんだけど」 「え、パターソンどうしたの、パターソン」 「いや、パターソンって歌手じゃないじゃない?うち、音楽系一家だし」 「関係ないから!てか自伝は?!電子書籍で発行されてるじゃん!」 「読んでない」 「かー、嘆かわしい……あんたホントにヴォルトノット人?すーごい技術者だったんだよ?ソニック・ランチャーもそうだけど、星間資材輸送用のコスモ・コンテナとか、地熱型地下鉄(メトロ)の車両考案したのもパターソンなんだから」 「うわー、凄い人なんだねー」 「……全然興味ない&感動してなさそうな返答ありがとう、レニー。ま、とにかく、めちゃくちゃ凄い人だったの。本人と家族が取材嫌いだった所為で歴史書はティーゲル一色になっちゃったらしいけど」 「なるほどねー」 納得したレニーに尤もらしく頷きながら、あたしは返し 「ちょっと脱線しちゃったけど、ま、そんなとこ」 パンと軽く手を打って話しをまとめた。
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