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Phrase:6.5「セイレーン」
大銀河帝国属星
クルルカン星系/第6惑星【バタリア】
下層民居住区「タルウィ」
緑色の海と大気が満ちる惑星にある貧しい人々が押し込められた雑多な居住区画。
そこを、人々が大混乱で逃げ惑う。
居住区保護の名目で作られた隔壁をいとも容易く食い破り、ギチギチと異音を響かせながら市内に乱入したのは大型の怪物だった。
黒光りする巨大な体、蜘蛛を思わせる牙のある醜悪な口、胴体から生えた棘付きの8本の手足を出鱈目に振るい、それは逃げ惑う人々を追い詰めた。
口から粘度の高い糸を吐き、通りを押し合い圧し合いする住民をまとめて20~30人絡めとると糸を強靭な顎で引っ張り人間で団子を作る。そして
メキメキメキ
巨大な口を更に大きくあけ、その奥へと押し込む。骨や肉のすり潰される音。しかしすでに一纏めにされた人々はその時点で大半が圧死しており悲鳴すらあがらない。
叫ぶのは今、標的から逃れる事の出来た人間のみだ。
ガプター。
人類最大の脅威にして天敵。
様々な異星種と戦い勝利してきた人類だったが、このガプターにだけは未だ、こちらも身を切る覚悟で用いる高火力兵器でしか対抗する事が出来なかった。
「軍は、軍はどうしたんだ!?」
「どうして助けに来ないの!」
突如襲来したそれに恐れ戦きつつ逃げ惑う人々。彼らは下層民と中層民の居住区を隔てる壁に押し寄せ、無駄とは知りながらも必死になって叫んだ。
「お願いだ、開けてくれ!」
「入れて、入れてよ!」
「死にたくない!」
口々に声の限りに叫んだが、彼らの声に答えたのは長大な壁から響く無慈悲な機械音声だった。
『隔壁は現在、閉鎖中です。災害アラート12が発令されています。市民の皆さんは落ち着いて、指定された避難所へ避難して下さい。繰り返します。隔壁は現在、……』
同じ言葉を繰り返しアナウンスする声。
人の言葉ではあるものの、そこに人らしい温かみなど微塵もない。
「そんな……!」
「見捨てるって言うの!?お願い、子供たちだけでも中へ入れてっ!」
誰しもが思った。
ここが帝国領ではなく、連邦や職技連合ならば対応は違ったかと。
答えは否である。
ガプターには高火力兵器でしか対抗出来ないが、それを用いれば人間側とて甚大な被害を被る。或いはガプターに食われるのと同じくらいその被害は大きい。
ならばより多くの人名を救う為に隔壁を閉じ、少数を見捨てるのが今日まで伝わるガプター戦略の基本である。それは帝国も、連邦も、その他の星々も同じ事だ。
「あ、あああ!」
「見捨てないで、お願い!!」
絶望する人々。隔壁は頑として開く気配を見せず、ただ「避難所へ」とだけ繰り返す。
「助けて!助けて!!」
「誰か!!」
混乱した市民が押し寄せ、背後ではガプターに喰われる者。前方では後から来る人々に押し潰され踏みつけられる者。
阿鼻叫喚の地獄絵図だった。とそこへ
キィイイイインッ
甲高い飛行音が響く。
空を見上げる人々。すると緑の空に1機の飛行物体が高速で飛来した。
デルタ翼に流線型の機首、一見すると戦闘機の様なそれはガプターを確認すると空中で折り紙の様にパタパタと変型し、あっと言う間に人型に変わる。
「あれは……ディーヴァだ!!」
「セイレーンよ!」
飛来したのは赤い機体。
スカーレットカラーの巨人となったそれは更に肉団子を作ろうとした化物に強烈な体当たりをし、人の群れからその巨体を引き剥がした。
10mはあるガプターの身体が大きく弾き飛ばされ建物に激突する。
崩れる民家。もうもうと煙があがる。
同時に人々の耳に歌が聞こえてきた。
セイレーンのスピーカーから外部に送られる歌だ。
ディーヴァの歌う「聖唱」。
それは機体のエンジンとも言うべき音韻石を震わせる。
少年の声だろうか。
温かく情緒深い民謡のような歌。その歌を聞いた瞬間、狂乱していた人々の一部が正気を取り戻す。
一方でガプターは瓦礫から這い出すとキチキチと威嚇音を鳴らし、飛来した敵対者に狙いを定めた。
赤いセイレーンもそれに正面から相対する様に右腕を大きく振り抜く。するとその腕が大剣の如く変形し、刀身がヒートブレードの様に真っ赤に染まる。
深紅の大剣を引っ提げたセイレーンが踊りかかる。ガプターは1番強固な腕の装甲でいなそうとするも、二度、三度の打ち合いの後、その外殻はヒートブレードによってザックリと切り裂かれる。
歌が更に高らかに響き、ブレードの威力を跳ねあげたのだ。
ガプターは絶叫した。
耳を塞ぎたくなるほど不快な音波が辺りに衝撃波となって広がった。
赤いセイレーンは微動だにしなかったが、人々の中には脳を揺らされ、比較的ガプターに近い場所にいた市民には昏倒者も出た。
それを見たセイレーンのパイロットに動揺が走る。
ガプターには深手を負わせたものの、人々がバタバタと倒れる様は初めて見たのかも知れない。
そこに、一瞬の隙が出来た。
キィヤアアアアアアッ
ガプターが奇声を発し、セイレーンに飛びかかった。そしてガッチリと節足動物を思わせる腕で細身のセイレーンの身体を拘束し、牙に縁取られた口を開く。
さながら砲門のように。
口内にオレンジ色の光が生まれる。
『ちょっ!?』
スピーカーから幼さ残る少年の声が漏れた。
歌が止まる。と同時に鮮やかな赤を纏っていたセイレーンから光が失せた。
一気に灰色の木偶人形へとその勇姿を貶める。
『まずっ……』
再度歌唱を再開しようとするも、焦りからか上手く声が出ない。
その隙を逃すガプターではなかった。
口内に凄まじいエネルギーを帯びた光が収束する。強酸性の通常粘液ではない。
ガプター必殺の超高熱エネルギー波だ。
この距離で直撃すれば、如何にセイレーンの装甲と言えど溶けてしまうだろう。
もがく事すら出来ぬ赤いセイレーンに迫る死の予感。
コックピットで蒼白になる少年ディーヴァが目の前の脅威に思考を真っ白にしていると
ヒィヤアアアア!!
ガプターが吠えた。
瞬間、内部の熱がセイレーン目掛けて至近距離で放たれた。
『……!!』
息を呑む音。
しかしーーその刹那、とてつもない爆音と共にエッジの効いたビートが響き渡る。そして
赤いセイレーンとガプターの間に何かが割り込んだ。細身の体躯を捩じ込む様に強引に間に入ったそれはそのままゼロ距離で「何か」を放ち、ガプターの頭部を吹き飛ばした。
『あ……』
スピーカーから呆然とした声が漏れる。
赤いセイレーンと大型ガプターの間に割り込んだのは、漆黒のセイレーンだった。
堕天使の様に美しく、そして見るもの全てに畏怖を与える漆黒のセイレーンからはその恐るべき容姿とは裏腹に、力強く、そして余りに鮮烈で強い意志を感じさせる歌声が響いていた。
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