サミュエル・マイヤーの不思議な一夜  〜剣を持つ魔法使い 外伝〜

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 「あなた、そろそろいらしたら」  そう妻に声をかけられて、サミュエル・マイヤーはPCから顔を上げた。そのまま壁の時計に目を転じれば、時刻は午後十時。いますぐ車に乗り込んでも、店に着くのは十一時を回るだろう。  「ああ、そうだな。もう行かないと」  彼は慌ただしく立ち上がり、書きかけの原稿にちょっと目を落とした。『それからリュウは徐に剣を握り締めて』いよいよ冒険が始まるところではあるが、致し方あるまい。  「帰りは明晩になるよ、ハニー。ジルとダイアンに夜遊びをさせないように頼む」  「わかってるわ。ダリルによろしくね。気をつけて」  差し出された唇に素早くキスをして、サムは部屋を飛び出した。作家とクラブ・オーナーの両立は、もうそろそろ辛い。いずれはどちらかを自ずと牽制するようになるだろう。  美しくライティングされたベイ・ブリッジを走りながら、目前に広がるシティ(サンフランシスコ)のきらびやかな彩りを眺めるたびに、サムの胸中には妖しいときめきが膨れ上がる。それは紛うかたなき畏れであり、またどこか期待を伴うデジャヴュでもあった。  サミュエル・マイヤーは四十五歳になった。  二十五年前------ もうそんなになるのだ ! ------彼と、彼の友人はこの橋の上から消え失せた。いまとおなじように車でシティに向かっていて、それから突然光に包まれ、文字通り車ごとかき消えたらしい。らしい、というのは、つまり後日そう知らされたからである。二ヶ月後に彼だけが自宅の居間に降って湧くまでの記憶は、ない。いまもなお、まったく思い出せない。  当時はビューロー(FBI)まで乗り出して来て大騒ぎになったが、ありとあらゆる憶測が永遠につきまとうだけである。マスコミや、友人や家族の動揺も時が経つにつれて薄らぎ、この美しい橋も地震で崩壊して架け替えられ、ミレニアムを迎えてすでに十年も過ぎた。いまとなっては思い出す者とていまいが、サムだけは、違う。彼は、自身を見舞った不思議を忘れ得ず、引きずりつづける。コバルトブルーの哀しげな目をした友人、リュウ・サエキの消息とともに。    
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