サミュエル・マイヤーの不思議な一夜  〜剣を持つ魔法使い 外伝〜

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 サムが経営するクラブ“ライツ・シンフォニー”は賑わっていた。土曜の夜である。ベイ・ブリッジを臨む中心街からは外れているのに、週末になるとどこからともなく若者たちが群れ集って来る。  サムは十年前にここを買い取った。普段は共同経営者のダリルに店を任せて小説を書いて過ごし、週末に訪れては会計報告に目を通し、運営状況をチェックする。これ以上店舗を拡張しようなどという考えを起こさなければ、概ね良好と言えた。  若者たちは、たっぷりと広いフロアで上品なロック・ビートに身を任せて踊り、吹き抜けを取り囲むように設えられた二階のバーで行儀よく酔っぱらう。必要最小限のドレス・コード。無論ドラッグの類は禁止。安心して遊ぶための店なのだ。こうした店のなかには、酔ってハイになった奴が天井に銃をぶっ放しても洒落で済ませてやるところもあるが、サムの店でそんなことをしたら未来永劫出入り禁止となる。  帳簿に目を通し終えて、午前二時ごろサムは店に出て行った。厚く防音を施したドアを開けた途端、奔流のように光と音の洪水が襲いかかって来る。耳朶と身体にすっかり馴染んだ、しかしいつでも心の奥底でかすかにうんざりするのを感じる一瞬------  若者たちのあいだを苦労して擦り抜けて、サムはバーへの階段に向かった。階段にも、フロアを見下ろす手摺りにも、人が溢れている。バーの方もおそらく満員だろう。彼らはごく普通のシャツとジーンズ姿のサムには目もくれなかった。  遊べるうちにしっかり遊んどけ、とサムは思う。社会に出たら、いやでも楽しい酒なんて味わえなくなる。俺だって学生の頃は呑んで踊ってグラスを吹かして、セックスをした。金持ちの一人息子で、フットボール・チームの花形選手。どこに行っても飲酒年齢なんて言われたこともなかった。いま、作家であり実業家であり、良き家庭人であるサムは、諸々の常識を若者たちにやんわりと強いているが、それでも、しっかり遊べとも思っている。でないと------ でないと、いつ、不意打ちに、ベイ・ブリッジの上から消失してしまわないとも限らないんだぞ、と。  もう若くはない。サムの青春は、共に何処かへ旅した友人が、再びふっつりと姿を消した日を境に、終わったのだった。
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