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放課後なので
今日も学校が終わった。ここで言う「学校が終わった」とは、「学校が爆破解体された」とか、そういう意味ではなく、「放課後になった」という意味だ。喉が渇いた。少しだけ疲れた。なるほど、放課後だなあ。
私は、下駄箱で上履きを脱いで、靴に履き替えた。何らかのクラブの練習の声が聞こえる。多分野球部、それともサッカー部か。どっちだろう。野球部ってことにしとこう。このクイズの回答は、答え合わせする予定はない。
ここがもし都会だったら、このまま何か食べに行ったりするのかなあ。田舎だから、あんまり行くところがない。無いわけではないけど、多くはない。
まあ、今日は、普通に帰ろうかなあ。ちょっと眠いし。
「あ、先輩。こんな所に居たんですか」
後ろから、声がした。
「あ、真夏ちゃん!」
後輩の、真夏ちゃんがいた。低い背と黒髪ボブヘアーが今日も似合っている。
「あの、先輩。この前借りた漫画、返しますね」
真夏ちゃんは、カバンの中から、漫画の入ったビニール袋を取り出した。
「面白かった?」
「はい。特に、魚釣りのシーンと、平安時代のシーンが。主人公はかっこよくて、ヒロインはかわいい。良い漫画のお手本みたいな作品だと思いました」
喜んでくれたみたいだ。嬉しい。真夏ちゃんが喜んでくれると、こちらも嬉しい。あまり感情表現がわかりやすい子だとは思わないけど、全くわからない訳じゃない。
「ねえねえ、今度はさ、真夏ちゃんのおすすめの本が、読んでみたいな!漫画じゃなくても、小説でも、なんでも良いよ!」
真夏ちゃんがどんな本が好きなのか、単純に興味があったので、少しだけわくわくしながら聞いた。
だけど、真夏ちゃんは、それを聞いて、なんとも言えない表情になった。どうしたんだろう。
「…どうしたの?私、何か変なこと言っちゃった?」
「…いえ、その。先輩は今、『今度は』って、言いましたよね?」
「え?うん。言ったよ?」
真夏ちゃんは、カバンをもう一度開けた。中から、何か取りだそうとしている。
「あのですね。『今度』なんて、無いですよ。だって、」
カバンの中から、銃を取り出した。
「先輩のこと、これから、殺すので」
真夏ちゃんは、引き金を引いた。音は鳴らない。多分、サイレンサーの機能みたいなのがついてるのだ。
私は、とりあえず回避した。
「ちょ、真夏ちゃん!その、不意討ちはダメだよう。その、ちゃんと『撃ちます』って言ってからにしてよ。じゃないとさ、もしかしたら、当たっちゃうかもしれなかったじゃん!」
「いえ、その、当てようとしてたので、不意討ちが良いかなあと、思いまして。ダメでしたか?」
「ダメじゃ、ないけど、その…何て言うかなあ…。あ、そうだ、品がない!そんな感じ!殺すなら殺すで、もう少しこう、丁寧に殺そうとしてよお…」
私も、少しわがままかも知れない。真夏ちゃんは、不意討ちがしたかったのだ。それなのに、あまり口を挟むのも、それはそれで品がないかも知れない。
「む…わかりました。じゃあ、今から『3、2、1』ってカウントするので、『0』で撃ちますね?」
「えーと、『ぜ』で撃つの?『ろ』で撃つの?」
「言い切ってから撃つので、どっちかと言えば、『ろ』ですね」
なるほど、やっぱり真夏ちゃんは、そういうとこ几帳面だよなあ。A型は几帳面だって話、どこかで聞いたことあるけど、あれってただの都市伝説だった気もするのだけど、実際のとこどうなのだろう。
「あ、あれだよ?『2』とかで急に撃つの無しだよ?そういうの、何て言うか、モテないよ!」
「わかってますよ。そんなことしません。そんな風なことする性格に見えます?心外です」
真夏ちゃんは、少しだけ不機嫌そうだ。
「あ、その、ご、ごめんなさい…」
「…いえ、謝られてもこちらが困るだけです。それより、先輩は、何も攻撃しなくて良いんですか?カウントしてる間とか、撃った瞬間とか、私、割りと隙だらけになると思いますけど」
「え?あ、確かに!でもでも、私は、別に真夏ちゃんのこと、殺したくないからなあ…」
悩む。確かに、攻撃するにはうってつけのタイミングだ。だけど、そんなことしたら、真夏ちゃんがどうなっちゃうかわかんないし…。
「…先輩、まだそんなこと言ってるんですか?先輩と私は敵同士なんです。先輩はこの星を支配しに来たんでしょ?だったら、地球を守ってる私を倒さないと、どうしようもないですよ?」
もっともなこと言わないでよ真夏ちゃん…そりゃそうなんだけどさ…。
「でもでも、私、真夏ちゃんのこと、別に、嫌いじゃないし、その、むしろ好きだし…。その、真夏ちゃんを殺すのは、出来ない訳じゃないんだけど、そんなに乗り気じゃないなあ…」
「…私だって、別に、そんなノリノリでやってる訳じゃないですけど、先輩が地球を支配するんだったら、倒さないわけにいかないじゃないですか。もう、とりあえず撃ちますね?3、」
真夏ちゃんがカウントダウンを始めた。えー…もう、そんなに乗り気じゃないのになあ。どうしよう。
「2」
私は、とりあえずカバンからジュースを取り出した。さっき買ったやつ。家に帰ってから飲もうとしてたんだけど、ちょっと落ち着いて色々考えたいので、今飲むことにした。
「1」
ふわー。やっぱリンゴジュースはおいしいなあ。でもでも、オレンジジュースと迷ったんだよねえ。今度は、オレンジジュース買おう。
「0」
銃弾が飛んできた。私は、ジュースを投げて、銃弾にぶつけて、それで真夏ちゃんをジュースまみれにして、その場を切り抜けようと思ったけど、よく考えたら食べ物で遊ぶのは良くない。なので、それはやめた。とりあえず、他の作戦にした。
とりあえずカバンを上に投げた。
真夏ちゃんの視線が、上に逸れた。銃弾は適当に回避しといて、真夏ちゃんの後ろに周り込んだ。
それで、膝を使って、真夏ちゃんの膝を、後ろから押した。所謂、膝カックンというやつだ。
後ろに倒れ込んで来る真夏ちゃんを、私は抱きしめた。
「えへへー、捕まえたよお」
「…確かに捕まりましたが、私をこれからどうするつもりですか?骨でも折りますか?」
真夏ちゃんは、そう言って、腕を少しだけ噛んで来た。抵抗してるのかなあ。
「そんな酷いことしないよお。出来なくはないけどさあ。えーと、そうだなあ、ここから先、どうしようか、考えてなかったなあ…」
私は、少しだけ考える。考える時は、ジュースがほしいのだけど、ジュースはさっき立ってた場所の近くに、置いてきてしまったなあ。どこに置いたっけ。あ、あった。下駄箱の近くに、何の用途で置いてあるのかわからない机があり、そこの上だ。
「ねえねえ、真夏ちゃん。私ね、地球支配しに来たけど、真夏ちゃんを殺しに来た訳じゃないんだよ?」
「知ってますけど、私は藤原先輩を殺そうとしてますし、別に、その茶髪が可愛いからって、手加減はしません」
むー、真夏ちゃんは真面目だなあ。あんまり知らないけど、勉強とか、出来るんだろうなあ。
「…それに、先輩みたいなお人好しに、地球なんか征服出来るんですか?いっつも花壇に水あげたり、誰よりも掃除頑張ったりしてるの、知ってるんですからね?」
「な…べ、別に、お人好しじゃないもん!花壇に水あげてるのも、掃除頑張るのも、普通だよお!というか、何でそんな私のこと知ってるの!」
「私は先輩の敵ですよ?先輩のことくらい、調査するのは当たり前です」
そう言って、また腕を噛んで来た。
「むー、そんなこと言って、ホントは私のこと、好きなんじゃないの?」
私は照れ隠しにそう言った。私はお人好しじゃないもん。
すると、真夏ちゃんが、腕を噛むのをやめた。どうしたんだろう。
「あの、真夏ちゃん?大丈夫?」
「…先輩、私は、先輩の敵ですので。それだけは忘れないでください。あと、それと、そろそろ離してください」
「え?あ、ごめん」
私は、真夏ちゃんを解放した。
真夏ちゃんは、下を向いている。表情を隠してるように見える。
それにしても、ホントに真面目な子だよなあ。真夏ちゃんは、ちゃんと私に向きあってくれてる。それなのに、私は、いつもこんな感じの回答しか出来ない。すごく申し訳ない。何か、何かしてあげなきゃなあ。
考える。ちゃんと考える。…あ、そうだ。
「ねえねえ、真夏ちゃん。こっち見て?」
「…何ですか?今、下を向きたい気分なので、あまり見たくないのですが」
「あのね、私、考えたよ。ちゃんと、この星を支配したり、真夏ちゃんを倒したり、そういうことについて」
「…それで、どうなったんですか?」
「あのね、今、私、この星を一発で破壊出来る、衛星砲のスイッチを持ってるの。デザインとか、割りと良い感じだから、見てほしかったんだけど、下を向きたい時だってあるよね。今度見せてあげるね?」
「…で、そのスイッチを、押すんですか?押したら、どうなるんですか?」
「エネルギーの充電に3ヶ月くらいかかるから、だいたい3ヶ月後に、地球が終わるの。でね、私は今からこのスイッチを押すけど、真夏ちゃんはさ、私を倒して、ついでに衛星砲もどうにかして、この地球を守れる?」
真夏ちゃんは、まだ下を向いている。けど、
「別に、そのくらい、出来ますよ。今更です」
そう言った。
「じゃあ、今からこのスイッチ、押すね?私は、地球を支配しに来た訳であって、破壊しに来た訳じゃないんだけど、私なりに、色々考えて、真夏ちゃんの思いとかと向き合って、それが一番、良いかなあって」
私は、スイッチを押した。
「…あの、先輩。それだと、私のせいで地球が危ない、みたいな感じになりますけど…」
言われて気がついた。別にそんなつもりなかったのに…!
「あ、あの!別にそういうつもりで言ったんじゃなくて…あ、でも、もうボタン押しちゃった…どうしよう…」
すると、真夏ちゃんが、こちらに来た。
「ふふ。冗談です。先輩、お人好しですもん。ただの言葉の綾ですよね?」
「お、お人好しじゃないもん!」
「大丈夫ですよ。先輩のことはちゃんと殺しますし、地球だって守ります。ということで、先輩」
そこで、一拍置いて。
「これから、3ヶ月間、よろしくお願いしますね?」
そう言って、こちらを見てきた。少し、笑っていた。
「ふわー。真夏ちゃんが笑うの、珍しいねえ」
私は、少し嬉しくなった。
「…べ、別に、人が笑うのなんて、普通でしょう」
そう言って、また下を向いた。
「えー?可愛いのに、下向いちゃうの?」
「可愛いくありません。もう、今日は帰ります。あ、それと、先輩」
真夏ちゃんは、下を向いたままで、
「明日、お昼に、また不意討ちしますので、あんまり人のいない所でご飯食べてて下さい。今日のやつと、同じ銃で撃ちます」
「えー?どこから撃つの?」
「そうですね、ヒントは、木の上です。それじゃ、今日はここら辺で」
そう言って、去って言った。
今日も楽しかったなあ。やっぱり真夏ちゃんと話すのは楽しいなあ。
私は、家に帰ることにした。楽しいことの後は、少し寂しい。
でもでも、明日も真夏ちゃんに会える。それだけで、嬉しいなあ。
街灯の灯りが綺麗だ。もう少しで夜だなあ。
私は、「明日は真夏ちゃんと一緒にジュース飲もう」とか考えながら、その場を後にした。
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