電話ボックス

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これは人づてに聞いた話だから、 本当にあったことなのかどうかは知らない。 でも、これを語った者はいま なってしまったから、 きっとホントのことなんだろう。 今や使用しているのは 病院くらいではないだろうか。 街中で見かけることは、 この田舎でも少なくなった公衆電話。 夜間、街灯も少ない道路脇に ボヤっと差し込む光ですら薄気味悪いのに、 そこには、遠めでもわかる赤い文字で 『故障中』と張り紙がしてある。 だが、その公衆電話が深夜に鳴るというのだ。 気のせいではない。 現に夜勤の多いわたしだけでなく、 新聞配達のバイトをしている友人も それを聞いたことがあるという。 日の出には幾らも早い3時過ぎ。 静かな町に似つかわしくない音が鳴り響く。 ジリリリリリリーン ジリリリリリリーン ジリリリリリリーン ジリリリリリリーン ジリリリリリリーン ジリリリリリリーン ジリリリリリリーン ジリリリリリリーン ジリリリリリリーン ジリリリリリリーン ジリリリリリリーン ジリリリリリリーン 籠った空間に、昔の黒電話の音が響き渡る。 そもそも故障中なのに 電話が鳴るのもおかしいのだが、 時間が時間だけに 恐怖より迷惑であることに変わりはない。 ある時その友人がバイト中に、 ややキレ気味で受話器をとったという。 『誰だよ、五月蠅(うるせ)ぇな』 「…………」 「………アト…ゴフ………」 ツー ツー ツー ツー ツー ツー 『はぁ?!意味わかんねぇ!』 そう、その友人が冒頭の語り手だ。 いまは会ってはいないが、彼は生きてる。 変わらぬ日常の生活が成り立っているか …というと話は別だろうが、 別に命の危険はないという。 声が出なくなったという点を除けば。 恐怖で声が出ない、 心因性によるショックではない。 現にメールや筆談で意思の疎通もできるし、 今は別段、身体の不調もない。 声は出ないが。 彼は、 話そうとする言葉全てが あの電話の呼び出し音となってしまっていた。 もちろん人間が出せるような音ではない。 奇妙な電子音が彼の口から発せられる様は、 壊れた機械の叫び声にも聞こえた。 そのうち彼は話すこと自体を諦めた。 言葉を話せたのは 受話器をとった後の5分ほどだったという。 ではあの公衆電話はどうなったのか。 アレは特に修理されることも、 撤去されることもなく今もそこにある。 早朝の呼び出し音は鳴らなくなった。 たまに低い男の声が聞こえてくるというが、 彼の声かどうかは定かではない。
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