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 生体パーツが脳と脊髄だけになっても、まだ魂は夢を見る。出征以来会っていない、妻と娘の夢だった。  軌道上での戦闘は、開戦直後の七か月間しか行われなかったが、様々なものを取り返しのつかないかたちで破壊した。私は月・火星連合軍と戦い、肉体を損傷し、粗雑で未熟な技術でサイボーグ化された、百人あまりの地球軍の兵士の一人だ。わずかな酸素と水と電力の補給のみで、ほとんど無制限に船外活動を行うことができるが、全身が軍事機密でできているために戦死扱いとされ、終戦後二年たった今でも行動を監視されている。  家族に会いに行く方法がないわけではない。軍によって与えらえたすべての機体(つまり脳と脊髄以外のすべて)を返還し、地球上で生活可能な機体を入手し、換装手術を成功させればいい。  五千万ドルほど用意してもらえれば、腕のいい合法な義体医を紹介しますよ、と終戦直後、国連派遣弁護人は言った。    私には顔がない。最近では自分の顔を思い出すこともない。頭部は鏡面シールドとセラミック装甲で覆われ、その内側には生体脳と、電子的な補助脳と、光学、電子、振動の各センサーが搭載されている。だから、もし偶然妻や娘と再会することがあっても、彼女たちには私がわからない。実は私は生きていたんだと、彼女たちに名乗り出ることも、私にはできない。音声発信機能が、そもそも搭載されていないからだ。  私の機体の設計は、大気圏内での活動を前提としていない。だから、戦争が終わり、旧地球連合政府が解体されたとき、今いるここよりほかに、行ける場所がなかった。  非政府組織『航行の自由と安全』。  それが今の、そしておそらく死ぬまでの、私の家であり、職場なのだ。  
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