プロローグ。方向を間違えたエネルギー

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プロローグ。方向を間違えたエネルギー

 夜景と言えば、その形容詞はある程度決まっている。それは『百万ドルの』だったり、『星屑を散りばめたような』であったりと、夜景を売りにした観光スポットの説明書きには大抵、そうした文言が並んでいるはずだ。  とうに授業が終わり、人もまばらになった教室の中。俺の左隣に座り、そんな話を吹っかけてきた桐山(きりやま)(りょう)は、人好きのする笑顔を浮かべて言葉を継いだ。 「まあ、後は共通点がもう一つ。碓氷(うすい)くん、分かるかい?」 「共通点?」  何のことだ。俺が首を傾げると、桐山はにっこりとしたまま浅く頷いた。 「その『綺麗な夜景』は、社会人の残業の光だってことさ」 「……」  爽やかないい笑顔で言うことじゃないと思うんだが、それ。  とは思いつつも敢えて何も言わずに桐山から目を逸らし、教室の窓の外に目を向ける。ここからすぐ近くに見える、校庭の辺に沿って並ぶイチョウ並木たちの向こう側から、運動部の威勢のいい掛け声が聞こえてきた。  普段から俺の左隣の席であるこのクラスメイトは、物事への見方がだいぶ斜めに偏っている。『青春とは、方向を間違えたエネルギーそのものを言うんだ』とか何とか、普段から訳の分からんことを言ってくるから困ったもんだ。  何だよ、方向を間違えたエネルギーって。  俺から言わせれば、校庭で高校の部活動に精を出す彼らのような生徒たちこそが『正しい青春』を送っていて、俺らのこの状態こそが『方向を間違えている』としか思えない。 「……碓氷くん」
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