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カウンター席に座ってコーヒーを飲んでいるおじさんに、日菜は顔を向けた。
常連客の石谷だ。おじいちゃんとは小学校の頃から。おばあちゃんとは中学の頃からの友人だと、昔、おばあちゃんが言っていた。
にこにこと愛想が良くて、おじいちゃんとは正反対だ。
「お久しぶりです、石谷のおじさん」
家族や先生以外の大人の人と話すのは緊張する。久々に会ったから、よけいにだ。
「お久しぶりです……と、きたか。中学生になったんだっけか? すっかり、おねえさんだ」
日菜のかたい口調に、石谷はけらけらと笑った。
石谷はおじいちゃんが差し出したお皿を受け取って、日菜のテーブルに置いた。常連客をあごで使っていいのだろうか。
「……ありがとうございます」
「たーんとお食べ。そして大きくおなりー」
おばあちゃんみたいなことを言う石谷に、日菜はくすりと笑った。あまり気を使わなくても良さそうだ。
日菜の目の前に置かれたのはハヤシライスだ。玉ねぎが嫌いな日菜のために、すっかり玉ねぎがとけてしまうまで、じっくり炒めて煮込んだ手間のかかったハヤシライス。トマトもマッシュルームもたっぷり入っている。
玉ねぎは嫌いだけど、このハヤシライスは大好物なのだ。
「……」
日菜はちらっと、おじいちゃんの顔を盗み見た。
日菜が人見知りなことを、おばあちゃんは良く知っていた。もしかしたら、おじいちゃんも知っていて。転校初日の日菜をはげますために、手間のかかる特製ハヤシライスを作ってくれたのかもしれない。
思わず微笑んで、日菜は手を合わせた。
「いただきます」
スプーンですくって、口に入れる。おいしいとつぶやこうとした瞬間、
「新しい学校はどうだった?」
石谷にそう聞かれて、ハヤシライスの味が吹き飛んでしまった。
「ちゃんとあいさつはできたか? 最初が肝心だからな。ガツンとかましてやらないと、なめられちまうからな!」
なんの心配をしているのだろう。拳をにぎりしめて力説する石谷を見下ろして、おじいちゃんは鼻で息をついた。たぶん、ため息をついたのだろう。
でも、石谷は気が付かなかったみたいだ。
「友達はできそうか? 優しい子はいたか? 日菜をいじめるようなやつはいなかっただろうな? 日菜はハルちゃんに似て、ちょっとぼんやりしてるからなぁ。石谷のおじさんは心配だよ」
日菜がもそもそとハヤシライスを食べているあいだにも、どんどんと話が進んで行ってしまう。
そういえば、日菜が小さい頃から石谷はこんな感じだった。
おばあちゃんが適当なところで止めてくれていたし、日菜の代わりに答えてくれてたから、あんまり気にならなかったけど。
日菜は首をすくめて、ハヤシライスを黙々と食べ進めた。
今、学校のことはあまり考えたくない。さっさと食べ終えて自分の部屋に逃げ込みたかった。
と、――。
「そういや、悠斗! お前、西中だったよな。もしかして同じ学年だったりするのか?」
石谷がポン! と、手を叩いた。
この場にいて、日菜が名前を知らない人は一人だけだ。日菜に背中を向けて座っている男の子。
石谷から男の子の方に顔を向けた日菜は、
「……ん?」
スプーンをくわえて振り返った男の子の顔を見て、目を丸くした。
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