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春(6)
振り返った男の子の方も、日菜の顔を見て目を丸くした。
かと思うと、
「同じクラスだよ」
石谷に向かって、そう言った。
「どうして……おじいちゃんの店に? えっと……」
「白石 悠斗。同じクラスなんだけど、覚えてないよな」
悠斗の言葉に、日菜はあわてて首を横に振った。
ちゃんと覚えてる。和真と真央と、真央の友達の千尋以外で唯一、覚えてるクラスメイトかもしれない。
日菜が座っているななめ前の、一番窓際の席に座っていた男の子。
十分休みのときも、昼休みのときも一人きり。授業やホームルームが始まったことにも気づかずに本を読み続けて、先生やクラス委員長の和真に怒られていた男の子だ。
「なんだ、同じクラスなのか」
「転校生、じいちゃんの孫だったんだな!」
悠斗は日菜ではなく、おじいちゃんの方を向いて言った。悠斗の気安い笑顔に、日菜は再び、目を丸くした。
和真やクラスメイトたちの前で見せる表情は、どこかあっけらかんとしていて、野良猫のようだった。それが、おじいちゃんの前では人懐っこい飼い猫のような笑みを浮かべているのだ。
「悠斗……くんは、おじいちゃんの店によく来るの?」
「うん、母さんが仕事の日は毎晩」
悠斗は答えて、うなずいた。
「俺んち、隣のアパートなんだ。いいかげん、自分で夕飯作れるって言ってんのに。母さんが絶対ダメだ、この店で食べろって怖い顔で言うからさ。まぁ、じいちゃんのメシ、大好きだからいいんだけど」
「悠斗は前科があるからなぁ。五年くらい前にボヤ騒ぎ起こしてんだよ、こいつ」
石谷はそう言って、苦笑いした。おじいちゃんは眉間にしわを寄せている。当の悠斗はと言えば、
「小四のときの話だろ? もう中二なんだから、大丈夫だって!」
自信満々で胸を張った。おじいちゃんと石谷の渋い顔の理由が、日菜にもなんとなくわかった。
――自信満々過ぎて……すっごく不安。
苦笑いしながら、ハヤシライスをぱくりと頬張った。話がそれたおかげで少しはゆっくりと味わえそうだ。
そう思ったのに――。
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