29人が本棚に入れています
本棚に追加
「木村さん。よかったら、いっしょに帰らない?」
急に声をかけられて、日菜の肩がぴくりと跳ねた。おどおどと振り返ると、真央ともう一人。ショートカットの女の子が、にこにこと笑って立っていた。
昼休みに真央に声をかけていた子だ。
「えっと……橋本さんと……」
「清水 千尋。真央とは去年からいっしょのクラスで、同じテニス部なんだ」
つまり、真央の友達――と、いうことだろう。
にひっと歯を見せて笑う千尋に、日菜はおずおずとうなずいた。
「今日、女子テニス部は休みなの。だから、よかったらいっしょに帰らない?」
そう言う真央の横で、同意するように千尋がうなずいた。日菜は一瞬、微笑んで、でもすぐにうつむいた。
授業中も、休み時間もうつむいてばかりの日菜に声をかけづらかったのだろう。クラスメイトたちは遠巻きに、ちらちらと日菜を見るばかりだった。
今日、日菜が話したのといえば校内を案内してくれた和真と真央だけだ。
そんな日菜を見て、きっと真央は副委員長として気を使ってくれたのだ。そう思ったら、とたんに恥ずかしくなって。みじめになってきて。
「せっかくだけど……ごめんなさい! 急いで帰って来てって、おじいちゃんに言われてて……!」
思わず、口から出まかせを言っていた。
しまった……という後悔と。うそをついてしまったという罪悪感と。日菜は反射的にうつむいてしまった。うつむいて、恐る恐る二人の表情をうかがうと、大きな声にびっくりしたのか。真央も千尋も目を丸くしていた。
でも、
「……そうなの?」
真央は腕組みをすると、そう言って目をつりあげた。もしかしたら、うそなんじゃないかと疑われているのかもしれない。
実際、うそなのだ。
日菜が再びうつむくと、真央が息を吐き出すのが聞こえた。
怒っているのか、呆れているのか。どちらにしろ、きっと真央の中での日菜の印象は悪くなったはずだ。
日菜はますます、うつむいた。
「それじゃあ、しかたないね。また今度!」
場の空気を和ませようと思ったのだろう。千尋が明るい声で言った。
――気を、使わせちゃった……。
罪悪感と気まずさに耐えられなくなって、日菜はいきおい良くイスから立ち上がった。
「それじゃあ、また!」
カバンのひもを肩にかけると、日菜はぎこちなく笑って。でも二人の目を見れないまま、教室を飛び出した。
「うん、また明日~」
「また明日ね、木村さん」
後ろで千尋と真央の声が聞こえたけど、足を止めることも。振り返って笑顔を返すことも。二人の表情を確認することも。怖くて、できないまま。
日菜は廊下を小走りに抜け、階段をかけ下りて、昇降口に向かった。
靴を履き替えて、正門を出て、おじいちゃんの家を――これから一年間、日菜が暮らす家を目指して必死に走った。
カバンの外ポケットに入れたスマホが震えていた。きっと、奈々と彩乃からメッセージが届いたんだ。
小学一年の頃からずっと仲良しの友達。
一週間前、引っ越すときも見送りに来てくれた。昨日の夜だって、日菜のことを心配して、はげましのメッセージをたくさんくれた。
本当は今すぐにでも立ち止まって、スマホを確認したかった。なんでもいいから奈々と彩乃と――大好きな友達とおしゃべりしたかった。
でも、息が切れても、日菜は足を止めることができなかった。だって、真央と千尋に追いつかれたりしたら、きっと、すごく気まずいから。
最初のコメントを投稿しよう!