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歩道もない、車一台がどうにか通れる程度の路地におじいちゃんの家は建っていた。
一階は喫茶店になっていて、外階段を上がった二階に自宅の玄関がある。
カンカン! と、靴音を鳴らして、日菜は外階段をかけあがった。玄関のカギを開けて、
「……っ!」
ただいまも言わず。乱暴にドアをしめた。
この時間、おじいちゃんはお店に出ている。もし、おじいちゃんが家にいたとしても、おかえりという言葉は返って来ない。おじいちゃんはすごく無口だから。
おばあちゃんが生きていた頃なら、お店に出ていても気が付いて、
「日菜ちゃん、おかえりぃ!」
と、よく通る声で出迎えてくれたはずだ。
でも、おばあちゃんは二年前に死んでしまった。今、この家に住んでいるのは無口で怖い顔のおじいちゃん一人だけ。
しん……と、静まり返った自分の家じゃない家に、日菜は唇をかんで。玄関のドアに背中をあずけて、しゃがみこんだ。
学校カバンをひざに抱えて、外ポケットからスマホを取り出した。
『新しい学校、どうだった?』
『友達できた? ヒナは人見知りだから心配』
それぞれからのメッセージのあと。
奈々からは心配そうな表情で汗を飛すクマ、彩乃からはムンクの叫びみたいな顔のハムスターのスタンプが送られてきていた。
可愛い絵柄のスタンプを指でなでて、日菜は震える手で二人に返事を送った。
『大丈夫。校内を案内してくれたり。みんな、優しいよ』
満面の笑顔で丸印の書かれた看板を掲げるインコのスタンプを送った瞬間。スマホの画面にぽつりと、涙のつぶが落ちた。
だって、こんなの大うそだ。全然、大丈夫じゃない。
確かに校内は案内してもらった。真央も。和真も。千尋も。みんな、優しい人たちだ。
真央たちにいっしょに帰ろうと誘われたとき。日菜がうん! と、答えていれば、きっと真央も千尋も、西中でのはじめての友達になってくれたはずだ。
でも、日菜は逃げてしまった。
気を使わせてしまったというもうしわけなさ。みじめさ。
でも、それだけじゃない。
だって――。
「……たったの一年で、また転校するんだよ」
学校カバンに顔を埋めて、日菜は泣きながら呟いた。
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