春(4)

4/4
前へ
/108ページ
次へ
 引っ越す日――。  見送りに来てくれた奈々と彩乃に抱きしめられて、頭を撫でられて。泣きながら車に乗り込んだあと、お母さんに言われた。 「一年なんて、あっという間よ」  なぐさめのつもりだったかもしれない。事実なのかもしれない。  でも、それを聞いた日菜はうつむいて、唇を引き結んだ。鼻の奥がつんとなって、胸がずしんと重くなったあと。  視界に映るもの全部がくすんで見えるようになった。  ――だって、一年は短いようで、長い。  最初は毎日のように届いていた奈々と彩乃からのメッセージは、きっと徐々に少なくなっていって。そのうち来なくなってしまうかもしれない。  大丈夫、こっちで友達ができたよ――なんて言ったら、よけいに。  そうして一年後、日菜が戻った頃には奈々も彩乃も、すっかり日菜がいないことに慣れてしまっていて。  もう日菜の居場所なんてないのだ。  こっちで新しい友達ができたって同じことだ。  一年後には引っ越して、しばらくしたら日菜のことなんて忘れてしまうのだろう。  奈々と彩乃がいる東中にも、この西中にも。一年後には日菜の居場所なんてないんじゃないか。  そう思うとすごく、すごく怖いのだ。  でも、怖いと言っても。さみしいと言っても。みんなに気を使わせて、困らせるばかりだと。 「大丈夫、ずっと友達だよ」  なんて、言われてもみじめな気持ちになるばかりだとわかっている。  だから、日菜は唇をかんで、泣きながら。  お母さんにも、お父さんにも、おじいちゃんにも。奈々にも、彩乃にも。真央にも、千尋にも言わず。一生懸命に言葉を飲み込んだ。  転校したくない、も。  さみしい、も。  怖い、も。  友達になりたい、も。  全部、全部。こくりと飲み込んだ。
/108ページ

最初のコメントを投稿しよう!

29人が本棚に入れています
本棚に追加