ぼく、ボッチくん

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ぼく、ボッチくん。 お母さんがつけてくれた名前です。 わりと気に入ってます。 お母さんが知らない人に 「この子、ボッチくん」と紹介したら その人は 「わはははは! ぴったり〜」 と言ってました。そうなんだ。 僕は15年前から裏庭にいます。 その前は美術大学のアトリエにいました。 というか、僕はただの石の塊だったのを トシフミ君が彫り出してくれたんです。 今は裏庭にいて、となりにゴミ箱くん。(かなりいいヤツです) 後ろにツバキの木さん。(美人らしいです) たまにヤモリくんが僕をクスグリに来る。 春になるとドクダミさんが僕を取り囲みます。 だから一人ぼっちじゃない。 住環境、良いです。気に入ってます。 トシフミ君は石の彫刻家になりたかったけど 石の粉のアレルギーだと分かり、諦めたんだそうです。 確かに僕を彫りながら 咳やら鼻水やら涙やら、メチャクチャになってたなあ。 本当はアンタみたいの、いーっぱい作りたかったらしいよ って、お母さんが言ってました。 最近、僕の頭や肩に緑色の苔が生えてきた。 アンタいい雰囲気になってきたねーって お母さんは褒めてくれる。 私の墓石に使ったげるからね、と言って頭、撫でてくれる。 トシフミ君は、もう暫く あまり僕を気にかけてくれないみたいだけど 決して忘れてはいないことは、判ってます。 たまに、この家に来たとき チラリとこっちを見るもの。 あの子ね、もう何も彫ってないの 車に乗って、あちこちの学校回って 美術教材を売る仕事してるのよ。彫刻刀も売るんだって。 子供が生まれたし今は必死で働いてるわ。 芸術ができないなら俺は死んじゃうんだ!って言ってたあの子がね お母さんは、僕の頭をなでながら話してた。 そうか、トシフミ君… 君は、今何も彫ってないんだ。 でも僕には、わかる。 君はまた、きっと彫る。 僕は、たまに思い出します。 「僕の目にはこう見えるんです!」って教授に食ってかかってた君を。 君はいつも泣きながら彫刻してた。 思うようにできなくて、石ノミを床に投げたこともあった。 「ごめん、僕には芸術の方が大事なんだ!」 と、彼女と別れたのも、僕のいるアトリエだったよね。 そう、あの時、君は、あの可愛い彼女より僕を選んだ! へへへ、君の青春、僕、つぶさに見たもの 僕、ボッチくん。 あの頃、一番、君の近くにいたボッチくん。 もがきながら輝いてた君の若い日々を、僕は絶対忘れない。(完)
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