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ひっかけたと言えば、言葉が悪いだろうか。
千乃とは居酒屋で出会った。仲間と大声で愚痴を吐いていたときだ。向かいに座っていた颯士がニヤリとし、顎で後ろを見ろと合図した。振り返ると、四人がけのテーブルで珍しくひとり晩御飯を食べる女性がいた。それが千乃だった。
俺は酔った勢いで千乃を誘った。
「寂しいだろうから、こっちで一緒に飲もうよ」
逡巡していた千乃を半ば強引にテーブルへ誘った。千乃は静かに愛想笑いを浮かべるだけだが、どこか隙が見え隠れしていた。結局、酒の回りにまかせて隣の千乃を口説いた。今晩、家に連れて帰れそうだな。首もとを赤らめた千乃を見てそう思った。
「家、近くなので」
店を出ると、千乃は小さな声でそう言った。合図のようなものだ。明日は仕事があるが、現場には朝帰りして行けばいい。
「そっか。じゃあ、家まで送る」
千乃は大人しかったが、酔いも手伝い身体に触れると自分からも身を寄せてきた。互いの腕を触れ合わせながら歩いた。
住宅街に入り、滑り台しかない公園を横切ると辺りが暗くなった。家が少なくなり外灯も減った。
「こんな暗い道なら送って良かったかもな」
ぽつんと煉瓦調の外壁が見えてきて千乃はそろりと指をさした。
「あそこです。酔い醒ましに珈琲淹れましょうか? 送ってもらったので」
家に上がると我慢できずに千乃を引き寄せて唇の隙間に舌を入れた。拒むでもなく千乃は俺の太腿に指を這わせた。そのまま、なし崩しとでもいおうか、千乃と付き合うようになった。
実に都合が良かった。
家賃を滞納して目をつけられていたところで、千乃の家に転がりこめた。狭くない1LDKは居つくにちょうど良く、建物は少し古いが十分だった。
千乃は猫を飼っていた。
そのせいでフローリングが傷だらけだが、猫は俺によく懐いた。みゃお、と鳴いては俺の太股に乗っかってくる。その癒しを得ておいて、フローリングの傷を不満に言うのは野暮だろう。
さらに都合が良かったのは、千乃は華奢で大人しく見えるに反して、求めてくる女だったことだ。毎晩、働き口のない苛立ちを千乃の身体にぶつけては果て、毎朝目覚めるまで、寝た。
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