一人一回

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「たまーに、本当に、たまーにだけど、寝るの、怖いんだよね。二度と目が覚めなかったらどうしようって」 知り合って、友達になって、付き合って、一緒に睡眠をとった10回目ぐらいの時に、彼女から発せられた言葉。 ただギュッっと抱きしめて、話を聞いてあげればよかったのに。 今だったら、そのくらいできるのにな。 「いやいや、目が覚める時が一番辛いんだよ」 って、自慢げに自分の体験談を語ってしまったアホでした。 「TVを消した時の感じ、パソコン、いきなりシャットダウンの感じ。あ~、いや、ブレーカーが落ちて、一斉に全て光が消える感じ、アレが一番近いかも」 「ん~。なんとなくイメージはできた」 多くの女性は嘘をつくのが上手いと思う。興味がなくても、聞いてるふりをしてくれる。それが、この社会で生活していく知恵ですか。ちゃんと演じてくれることに感謝して接しなきゃダメだって、今ならわかる。 「寝る時って、それなりに準備するでしょ? 意識がないのは同じでも、過程とか全く違うから」 「疲れてて、いきなり寝落ちってあるけど」 「う~ん、でも、それって身体か脳かどちらかわからんけど、睡眠を求めてるわけでしょ。いきなり無理矢理、強制的に落ちるのとは違うかな」 「そっか、違うのか」 あの頃、僕は自分のことばっかりで、恥ずかしい生き方してた。もう一度、どこかで会うことができるなら、いろんなことを謝りたい。 ましになった自分を見てもらいたいけれど、過去の男に興味があるわけねーだろって、ちゃんと理解していることも、成長した証ってことで。 「無理やり落とされたら、無理やり引きずり出されるんだよ」 「ん? 穴の中から?」 「う~ん、まぁ、そんな感じ。真っ暗な闇の中で、音が聞こえてくるの。段々とはっきり、聞こえてくるわけ。人の声だよ、もちろん。倒れた自分の周りに集まった人の声。ざわめきが大きくなって、大きくなって、はっきり聞こえてきたー!って時に、今度はいきなり、『痛み』がくるの」  あの時、声が聞こえて、どんどん聞こえる声が大きくなって、そして激痛に襲われたわけだけど、あのまま何の音も聞こえなかったら、『痛み』が来なかったとしたら、死ってところまで行けただろうか。 痛みを感じなかったら、二度と目を覚ますことはなかったのかな。 「聴覚から復活して、そのあと痛覚、痛みが💥ドンッっとくる。それから、視覚。真っ暗な闇がサーっとひいて、クリアになってくると同時に全身が燃えるような痛みで覆われて、また視覚が機能しなくなる」 「聴覚、痛覚、視覚の順で復活して、痛覚が爆発して、視覚が負けると?」 「う~ん、まぁ、そんな感じ。視覚はねー、暗くはないけど、はっきりと認識できない感じ。痛みが勝って、それどころじゃないって感じ」 「ふーん、出産ってそんな感じかな?」  違う角度に話を折られた。 「どうだろう? 経験したい?」って返事して、ギュッとして、イチャイチャ、もう一度、始めればよかったのに。 自分が絶対にできないことを挙げたのは、「その話もう結構」って抗議の意思を示したのかなって、今は思うよ。 「これが一連の流れかな、自分史上、最大の痛み、あれは二度と経験したくない」 「・・・なるほどね、意識が戻ってからが酷いのか」 「痛みが辛いんであって、真っ暗になる時は本当に一瞬だよ。あのままが死ってことなら、むしろ、怖くはないかも。でも、目覚めちゃった時の痛みは強烈すぎ。怖すぎだから。二度としないって思うから」 自分史上、最大の痛みは14歳の時、校舎の3Fから飛び降りた時のこと。 痛くて痛くて泣き叫んだ。今だったら、痛みでのたうちまわる自分の姿を、誰か動画で撮って上げたかも。 ゴキブリを中途半端に叩いてしまって、ひっくりかえって足とかをバタバタさせている姿、そしてピタリと止まる姿。たぶん、あんな感じだったんじゃないかな。 「ねぇ・・・一度しかないんだよ」 「反省してる」 「うん、頑張って生きていかないと」 あの頃、頑張るって言葉、どうしようもなく嫌いだったから、ふざけて言ってしまった。 「じゃあ次は、薬飲んで、視界が緑一色になった話する?」 すごく可哀そうなモノを見る目をされた。呆れさせてしまった。 演じてくれてなかった。そんなサービスする必要もないって感じ。怒ってた? ごめんなさい。 反省してます。 更生しました。 あれから10年経つけど、今の僕はね、ちゃんとやってる。 夜中にパンチされたり、キックを受けたり、『痛み』で無理矢理、目が覚めたりする。 3歳になる娘の寝相が凄いのなんの。 180度、夜中に逆さまになるのは毎晩のこと。朝までに、再び180度回転して、元に戻ってたりするの。撮って、配信したいくらい面白い。寝相を見てるだけで飽きないよ。これが親バカってやつだね。 顔にキックをドーンと受けて、『痛ててて』って、真夜中に起きる。 暴行を受けた被害者は、加害者の天使が、スースー寝息をたてているのを見て、安心して、癒されてから、また眠りにつくんだよ。 僕は、今、そんな毎日を送っています。 目をつぶると一瞬で、眠りに落ちちゃうような、のび太君状態です。毎日があわただしくて。 あなたはどうですか。 眠るときも、目覚めるときも、怖くない?                       END                  
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