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桜吹雪
卒業の日。
高校の卒業式に桜なんて咲かない。まだ寒いくらいで、校庭に植えられたソメイヨシノは固い蕾を揺らしている。早すぎるよ。もっとゆっくりしておいでよ。そう言っているみたいだ、と光希は思った。
まだ早い。まだ、離れたくない。
新しい世界に旅立ちたくない訳ではない。自分で望んだ未来だ。夢やら希望やら、浮き立つようなものが胸のなかに在る。それでも慣れ親しんだこの場所から離れるのは辛い。離れ難い未練が光希にはあった。
◇◆◇◆◇
最後にプールで記念撮影しよう。
そう提案すると顧問はあっさり頷いた。一応若い男と女なのに警戒感のカケラもない。安堵のなかに落胆を滲ませながら光希は渡り廊下を歩いた。
二人だけ?
そう、二人だけ。急に思いついたから。
ちょっと寂しいね。
相当寂しいよ。今日でお別れじゃん。
嬉しいこと言ってくれちゃって。
いや。マジで。
私も寂しいよ。マジで。
ずっと一緒だったからね。
そうそう。私も先生一年生でさ。
うん。
一緒に入学して、一緒に育ったんだよね。
うん。
なのに、生徒たちだけ卒業しちゃうのね。
うん。
なんだか置いていかれるみたい。
そんな訳ないじゃん。
だよね。でも、寂しいよ。
俺も。
うん。
俺も寂しい。
うん。
冬のプールは水も張ってなくて、端の方には枯れ葉が吹き溜まっている。そんな寂しい背景でスマホを構えた。顔を寄せて、二人で小さな画面に収まる。頬が染まるのは、寒さのせいではなかった。
「先生」
スマホを構えたまま光希は言った。
「んー? なあに?」
画面に笑顔を向けたまま顧問が応える。光希はひとつシャッターを押した。
「俺、先生が好きだ」
またひとつ、シャッターを押す。顧問の驚いた顔が光希のスマホに収まる。
またひとつ、シャッターを押した。困ったような顔で顧問が振り返る。
知ってた、と光希は思う。叶う訳がない。困らせるだけだ。だから。
「うっそー」
おどけてもう一度シャッターを押した。困り顔の顧問が一瞬安堵の表情を浮かべ、それから怒ったように拳を上げる。
「もうっ」
「あははははっ。いいカオいただきましたー」
乾いた空に光希の空元気が舞った。
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